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憲兵団での生活は緩みきっていて、
取り巻く仲間も腑抜けた奴等ばかり。
アニは退屈だった。
訓練兵団時代が懐かしい。
彼処には馬鹿も多かったが、
骨のある奴が大勢居た。
立場上、
深く関わりを持つことはしなかったが、
一人だけ心を許してしまった少女が居た。
か弱い見た目に反してズケズケと物を言い、
守られてばかりの自分に嫌気が差して
がむしゃらに訓練に励む少女を、
アニは放っておくことが出来なかった。
力は弱いが彼女はとても頭が良く、
話していて退屈しなかった。



もし、同じ世界に生きていたら
親友になれたのかもしれない。



ウォール・シーナ東城壁都市、ストヘス区。


本日、巨人化能力を持つ少年エレンと
調査兵団の主要幹部が王都に召還される。
その途中、この街の中央通りを通過する。
アニが所属する憲兵団支部の仕事は、
護送団と並走し警護強化に努めることだ。





「長話しすぎたな、行くぞ!」




やる気のない上官に代わって、
入って一月足らずの新兵であるマルロが
現場の指揮をとる。
彼は腐った憲兵団を正しくするために
ここに来たという変り者だ。
正義感が強く、大きな流れに逆らい
自らの信念を貫くその生き方は、
何処と無くエレンと似たものがあった。

彼も、壁の外の巨人を駆逐し
人類を自由へと導くという目的のため、
ひたすら真っ直ぐに生きていた。




前を行く新米憲兵達の背を、
アニは少し離れた場所から一人で追う。
相変わらずの一匹狼だ。
同室のヒッチはお喋りで我が強く、
話していても体力を消耗するだけだ。
ここでは心を許せる友達が出来そうにないと
溜め息を吐く。


…いや、こんな所で友達なんて作るもんじゃない。
一体何を期待していたんだろう。





「アニ」





路地を曲がった所で、
小声で自分を呼ぶ声が確かに聞こえた。
その懐かしい声に、アニは瞳を瞬かせ
辺りをキョロキョロと窺う。
幻聴なんかじゃない、確かに聞こえた、と
薄暗い路地裏の中を必死に目を凝らす。

そして、フードをすっぽりと被り
物陰に身を隠す彼女を発見した。





「…アルミン…!!」





久しぶりに見た友人の顔に、
アニの顔は自然と綻ぶ。





「やぁ…もうすっかり憲兵団だね」





正確に言うと、
"人間の姿"で彼女を見るのは久しぶりだった。


ぎこちなく笑うアルミンに駆け寄り、
アニは再会を喜ぼうとしたが、
向かい合う相手の表情が固いことに瞬時に気付く。
だから自分も、一定の距離を空けて
彼女に問い掛ける。




「どうしたの……その格好……?」





「荷運び人さ。立体機動装置を
雨具で見えないようにしてるんだ、ほら」




そう言ってアルミンはフードをとり、
中の装備をアニに見せる。

いつもと同じようで、決定的に何かが違う。
警戒心を抱きつつも、
アニはアルミンの話に耳を傾けている。





「アニ…」




探るような目を向けているのは、
お互い様だった。





「エレンを逃がすことに協力してくれないかな…」





「……逃がすって?どこに?」




確か、エレンの身柄を中央へ引き渡すのは
決定事項のはず。
王政の命令に逆らって、
この狭い壁の中の何処に逃げようというのか。




「一時的に身を隠すだけさ。
王政に真っ向から反発するつもりじゃない…
調査兵団の一部による反抗行為って体だけど、
時間を作ってその間に審議会勢力を
ひっくり返すだけの材料を揃える。必ず!」




「ひっくり返す材料…?
そんなに都合のいい何かがあるの…?」




「………、」




指摘を受けてアルミンは口を噤む。
理由は言えないのだろう。彼女の顔が青い。


恐らく、アルミンは自分の正体を
女型の巨人だと疑っている。
だから今日、此処に来て接触を試みた。
それならば、
自らの首を絞めるような行動は慎むべきだ。

人の姿で久しぶりに会えて嬉しかったけれど、
アニは拳を握り締めて背を向ける。




「悪いけど…話にならないよ…
黙っといてやるから、勝手に頑張んな」




「アニ!!待って!!」




任務に戻ろうとするアニを呼び止めようと、
アルミンは彼女の肩を掴む。
その手は僅かに震えていた。
彼女が自分に恐怖心を抱いていることを感じ、
胸が張り裂けそうに痛む。




「お願いだ、このままじゃエレンは殺される…」




何にもわかってない連中が、
自分の保身のためだけに
そうとは知らずに
人類自滅の道を進もうとしている、と
必死に訴える声も、軽々と耳をすり抜けていく。





「説得力がないことはわかってる…でも…
それでももう、大きな賭けをするしかないんだ」




そこまで言った後、
アニはゆっくりと此方を振り返る。
その目は冷たく、
出会った頃の彼女を彷彿とさせた。


心を閉ざしたその目を向けられるのは久しぶりで、
アルミンはアニが自分を警戒しているのを察し、
そしてアニが女型の巨人の正体であると確信した。



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