1 アルミンが俺のモンになった、と リヴァイから打ち明けられたのは 壁外調査の4日前の朝のことだった。 朝食を終え、後片付けを始めようとした矢先の 突然の報告に、 リヴァイ班の面々は皆言葉を失った。 アルミンが俺のモンになった、って? 一体どういう意味だ? 言葉の意味を噛み砕くことが出来ず、 硬直しているエレンに、 彼は更に追い打ちをかける。 『アイツはまだ若ぇし、俺に気を遣って 色々溜め込んだりもするだろう。 その時はアイツの力になってやれ。 そして俺に随時報告しろ。頼んだぞ』 ポン、と肩を叩かれれば エレンは頷く外なくなる。 これは一重に、リヴァイの教育の賜物である。 第57回壁外調査の翌日、 2人きりになってしまった古城にて 談話室でリヴァイから少し離れた席に 腰を下ろしたエレンは 憲兵が来る前に古城を訪れる予定である エルヴィンの到着を待っていた。 今回の壁外調査による実益は皆無に等しく、 エレンの引き渡しは避けられない。 そうなってしまえば、壁の破壊を企む連中を おびき出すのが困難になる。 ひいては人類滅亡の色が濃厚になっていく。 これら全ての危機を打開すべく、 エルヴィンが何かしらの作戦を立案する筈だ。 「…遅ぇな。エルヴィンの野郎共… 待たせやがって」 しんとした部屋に、リヴァイの低い声が響く。 少しして、紅茶を啜る音。 以前、アルミンが贈った紅茶だ。 リヴァイはそれを大切に飲んでいた。 (何で兵長は…アルミンを選んだんだろう) よりによって、何でアルミンなんだろう。 確かに彼女は美しく、愛嬌もあり、 それでいて聡明だ。 それでも、まだ15歳の少女なのだ。 リヴァイ程の男なら 女など選り取り見取りだというのに、 何故自分がひそかに想いを寄せている あの子じゃなきゃいけないのだろう。 憤りを覚える一方で、 アルミンの相手がリヴァイ兵長で良かった、と 安堵する自分も確かに存在した。 自分が判断を誤ったせいで、 リヴァイ班の4人を死なせてしまった、と 昨夜泣きながら頭を下げたエレンを、 リヴァイは一度も責めることはなかった。 『…言ったはずだ。結果は誰にもわからんと』 嗚咽を漏らすエレンを見て静かにそう言っただけで リヴァイがそれ以上追及してくることはなかった。 彼の下につくようになって一月が経ち、 リヴァイという男の為人を知れば知る程、 彼が尊敬に値する人物だということが解る。 神経質で粗野で近寄り難いにも関わらず、 部下に慕われる理由… その冷たそうな見た目とは裏腹に、 リヴァイは誰よりも仲間を大切にする 優しい心を持っていた。 エレンが誤って巨人化してしまったあの時は 剣を振り翳して彼を責める班員達の間に入り、 身を呈してエレンを庇ってくれたし、 仲間に敵意を向けられたと落ち込んでいると 不器用な言葉で慰めてくれた。 (確かその日、兵長がアルミンを 本部まで送り届けたらしいから、 その時に仲良くなったのかな…) 無表情で紅茶を啜るリヴァイの顔を盗み見て、 エレンは膝の上で拳を握りしめる。 ゆらゆらと揺れる蝋燭の灯りが、 リヴァイの整った横顔を照らす。 アルミンが隣に並べば、さぞかし絵になるだろう。 「…ったく、憲兵が先に来ちまうぞ」 チッと舌打ちをし、リヴァイは 背凭れに身体を預ける。 昨日から沈んだ表情を浮かべたままの エレンをちらりと見て、 「クソがなかなか出なくて困ってんだろうな」と 軽口を叩けば、乾いた笑い声が返ってくる。 どうやらエレンは、4人を死なせたのは 自分の責任だと思い込んでいるらしい。 勿論、実際にそうではないし、 リヴァイはエレンが判断を間違ったとは これっぽっちも思っていない。 寧ろ、 エレンが4人の力を信じてくれたことに対して、 ありがとうと言いたい気分であった。 その身に巨人化能力を宿し 周りから奇異の目を向けられて 人間不信に陥っていたエレンが、 1ヶ月間という短い期間でありながら 4人と信頼関係を築けたことを嬉しく思う。 顔が見えないようにフードを深く被り、 びくびくしながら古城にやって来た日と、 6人で古城を出発した昨日とでは、 エレンの面構えが全然違う。 明らかに表情は柔らかくなり、 年相応の生意気な瞳も元に戻った。 (エルド、グンタ、オルオ、ペトラ… ありがとうな) もうこの世にはいない4人に 心の中で礼を言うのは何度目だろうか。 昨日彼らの遺品をまとめているときも、 気付けば何度も胸の内で語りかけていた。 お前らが居たからエレンを守れた、と。 沈黙が支配する空間に、 コンコン、とノックの音が響き、 2人は同時に顔を上げる。 「遅れて申し訳ない」 扉を開けたのはエルヴィンだった。 そしてその後ろに続くシルエットを見て、 エレンは瞳を瞬かせる。 「アルミン…?ミカサも?」 普段なら再会を喜ぶ筈の 2人の表情が固いことに気付き、 エレンが首を傾げた直後、 エレンの向かい側に腰を下ろしたエルヴィンが、 重々しく口を開く。 「…女型の巨人と思わしき人物を、発見した」 × → back 121/79 |