2


本当は、アルミンの中で
疑わしい人物の特定も出来ている。
しかし、それを口にするのが怖い。
とても怖い。
信じたくない。
思い違いであってほしい。


無意識にぎゅっと握り締めた拳の中の
剣の柄は汗ばんでいた。


その時、2人にゆっくりと近づいて来ていた
巨人が地面に落下し、
その揺れでアルミンはハッと我に返る。




「…だとしても釈然としねぇ」




ごろんと間抜けに転がる巨人を眺め
頭をボリボリと掻きつつ、
ジャンは眉間の皺を一層濃くさせた。




「あの巨人の存在を知っていたらよ…
対応も違ってたはずだ。
お前の所の班長だって…その…
死なずに済んだかもしれねぇし…」




「………、」




先程自分達に指示を飛ばす上官の姿を見て
アルミンが泣きそうになっていたのは、
ネスを思い出したからだろうと
ジャンは瞬時に悟った。

エレンがリヴァイ班として
古城での生活を余儀なくされ、
これでアイツの邪魔が入らず
アルミンとゆっくり飯を食えると
喜んでいたジャンであったが、
そこで思わぬ伏兵が現れた。ディータ・ネス。
彼はアルミンの班の班長であり、
新兵である彼女をとびきり可愛がっていた。
食堂では相棒のシスと共に、
常にアルミンの向かいの席を陣取り
結局ジャンは中々同席出来なかったのである。
それに苛立ちを覚えることもあったが、
彼が部下思いの優秀な上官であることは
知っていたし、
何よりアルミンの方も彼に懐いていた。
良い上官に恵まれたならまぁいいか、と
思っていた矢先、
ネスとシスはアルミンの目の前で死んだ。
彼女が受けた心のダメージは計り知れないだろう。


尻すぼみになったジャンの言葉を聞いて、
アルミンの瞳は揺れる。

確かに、団長がもう少し多くの兵士に
今回の作戦を教えていたら
これ程の犠牲者は出なかったかもしれない。



ネス班長も、生きていたかもしれない。




「…いや…」




しかし、調査兵団団長として
エルヴィンがとった行動を、
責めるつもりは一ミリ足りともなかった。




「間違ってないよ」




「…は?」




聞き間違いかと思い、
ジャンは間抜けな声を漏らす。
しかし彼女がもう一度、
間違ってない、と呟いたので
ジャンは血相を変えて彼女に掴み掛かる。




「何が間違ってないって!?
兵士がどれだけ余計に死んだと思ってんだ!?」




華奢な両肩を揺さぶると、
アルミンは苦痛に眉を顰めながらも
ゆっくりと顔を上げた。




「!」




「…ジャン…。結果を知った後で選択をするのは
誰でも出来る。後で、こうすべきだった、って
言うことは簡単だ。でも…!選択する前に
結果を知ることは出来ないだろ?」



目と目が合った瞬間
ジャンが何も言えなくなったのは、
アルミンの瞳に涙が溜まっていたからだ。
今にも溢れそうなそれを必死に堪え、
彼女は心を鬼にして、団長の考えを肯定している。
それは一人間としてではなく、一調査兵として。
仲間の命ではなく、
人類の命を護るための最善策を、
常に考えなければならない。




「結果責任って言葉も知ってる…
便利で正しい言葉だと思う。
どれだけの成果をあげようと…
兵士に無駄死にさせた結果が
なくなるわけじゃない」




そう話しながら、
アルミンの脳裏に過ったエルヴィンは、
やはり冷酷な瞳をしていた。
彼の私室に呼ばれたあの日から、
訓練で顔を合わせることはあっても、
一言も会話を交わしていない。
たまに目が合うと
彼は意味深に微笑みを浮かべたが、
それは氷のような冷たい微笑みだった。




「…確かに団長は非情で悪い人…かもしれない。
けど、僕は…それでいいと思う」




嘗て憧れを抱いていた男は、
アルミンの理想を悉く裏切ったけれど、
彼だからこそ、
常に死と隣り合わせである調査兵団を
率いることが出来るのだろう。

今みたく、アルミンの話をじっと聞いてくれている
ジャンのような人にはきっと成し遂げられない。
共に戦う仲間の命を第一に考える、
優しい人では到底無理な話だ。



「あらゆる展開を想定した結果、
仲間の命が危うくなっても…選ばなきゃいけない。
100人の仲間の命と、壁の中の人類の命を。

…団長は選んだ。
100人の仲間の命を切り捨てることを選んだ」




「………、お前は……それが、本当に…
正しいと思うのか?」





カラカラに乾いた喉で、声を振り絞り尋ねると
アルミンは肩に置かれたジャンの手に触れる。
アルミンの目から涙が溢れることはなく、
兵士の顔つきで彼女は言った。




「何かを変えることの出来る人間がいるとすれば
その人はきっと…
大事なものを捨てることが出来る人だ。
化け物をも凌ぐ必要に迫られたのなら、
人間性をも捨て去ることが出来る人のことだ。

何も捨てることが出来ない人には
何も変えることは出来ないだろう」





「…………」





きっぱりとそう言ったアルミンの言葉に、
ジャンは素直に共感することが出来なかった。
他ならぬ自分達も
団長の捨て駒にされたような状況で
何故そんなことが言えるのか、と
相手がアルミンではなかったら
掴み掛かっていたところだ。





「確かに、お前の言う通りかも知れねぇが…
それにしちゃ、人が死にすぎだ…!
女型が進路を変えなかったら俺達も死んでた…!
その後で、団長が正しいなんて言える
お前の気が知れねぇよ……」




「………」




2人は暫くの間無言で向き合う。
気まずい沈黙は息が詰まりそうだった。
どちらが正しいかなんて論争をするつもりはない。
恐らくどちらも正解で、
言い争うのは時間の無駄だから。




back
121/73


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -