2


2回目の調整日は、
リヴァイの方から本部に尋ねてきた。

この日は早起きをして
丸一日本の虫になろう、と決めていたので、
アルミンは朝早くから
1人で図書室に籠っていた。

午前中は皆、訓練で出払っている時刻なので
誰も図書室を訪れない。
パラパラと頁を捲る音だけが、
部屋の中に響く。

本を読んでいる間の、
このゆったりとした時間が好きだ。
歴史書や戦術書より、
意外にもアルミンは物語が好きだった。
空想の物語を読んで、
此処ではない何処かへと思いを馳せる。

残酷な現実から逃避したいためではなく、
過酷な状況下に於いても
僅かな希望を見出だす導を探すために。

活字を追う視線が本から離れたのは、
図書室の扉を、
トントン、とノックする音が聞こえたからだ。




「はい」




誰だろう、と訝りながらも、
アルミンは返事をする。
するとすぐに扉がガラリと開いたので、
アルミンは振り返ると、
そこには兵服のリヴァイが立っていた。



え、と驚きを隠せずに顔と声で表すと、
リヴァイは無表情のまま中に入ってきた。
どんどん近くなる距離に、
アルミンの心臓はドクドクと鳴っている。
今日もあのネイビーのワンピース。
私服といったらこれと、
あともう一着しか持っていない。
調査兵団は資金難なので滅多に服も買えない。
髪を梳かしておけばよかった、と
アルミンはまた後悔する羽目になる。



そんな彼女の心情を知らずに、
リヴァイは目を細め、彼女の後ろから
アルミンの読んでいる本に目を通す。




「…何を読んでる?」




「えっと…物語です。
2人の少年が、始めは同じ夢を見ていたのに、
考え方の違いからどんどんすれ違っていく…
そして2人はいつの間にか敵同士になってしまう。
気付いた時には、
もう戻れないところまで来ていた」




「…戻れないところ、とは?」




「戦争です。2人は敵対する国の、
それぞれ幹部クラスまで上り詰めていた。
1人は武力で、1人は知力で。
片方はアイツと戦うことになっても
仕方がないと諦め、
もう片方はどうにかして解り合えないかと
最後まで悩んでいる」




「ほう。それで?」




「…って所まで、読みました…」





距離が近い。2人きり。
そう思うとどうしても意識してしまい、
アルミンは後ろを振り向くことが出来ない。
以前、エルヴィンの私室に呼ばれた時の、
恐怖が入り混じった緊張感とは全くの別物だ。



会いたかった!と心の中で歓喜する
自分に気付いて、アルミンは驚いた。


つい最近まで、ハンジが語るリヴァイの話を
適当に聞き流していた自分が。


不意に髪を撫でられ、
アルミンはびくりと飛び上がる。
大袈裟に驚いた自分を笑うリヴァイの声と共に
ぱちん、という音が耳の後ろで鳴る。




「…?兵長、これは…」




「紅茶をくれただろう?その礼だ」




「え!?でも、あれは送ってくれたお礼で…」




耳の後ろを触ってみると、
髪留めが付いていることに気付き、
アルミンは慌てふためく。
今まで生きてきて、当然だが
アクセサリーの類いは一つも持ち合わせていない。
高価で手が出せない代物であり、何より
貴族がつけるものだという意識があったからだ。
流石にこれは受け取れない、と後ろを振り返ると、
此方を見下ろすリヴァイと目が合う。
彼は普段通りだったが、アルミンは違う。
以前の自分とはまるで違う。




「礼の、礼だ」




ちょっと待った、それじゃ永遠に終わらない。
吹き出しそうになり、
アルミンは口許をおさえて目を細める。
自分を見下ろす彼も口角だけを上げて笑った。





「…似合うな、お前。その格好」




調査兵団のジャケットより、
フード付きのマントより、
女性らしいワンピースがとてもよく似合う。
キラキラと光るビジューの付いたバレッタも。
アルミンを見て素直な感想を口に出し
リヴァイは満足げに頷いて「悪くない」と言った。
彼の最上級の褒め言葉である。
照れ臭くなってアルミンは俯き、
ありがとうございます、とか細い声で呟く。
顔の周りが熱い。




「お礼は、何がいいですか?」




紅茶はこの前贈ったし、菓子は食べないだろうし。
やはりお酒か?それとも、本?
リヴァイも読書が好きだろうか?
あれこれ考えても悩む一方だったので、
それなら本人が欲しいものを、と考えての
質問だった。




「…そうだな」




リヴァイは少し考える素振りを見せてから、
じっとアルミンを見下ろした。
兵長は何をご所望だろう、と姿勢を正して
返答を待っていると、
彼は思い付いたように口を開いた。





「お前がいい」





静かに告げられた一言は、
アルミンの耳に真っ直ぐに届いた。




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