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朝焼けが優しく辺りを照らす。早朝の澄んだ空気を体に感じて、シャオは目を細める。


こんなに清々しい朝なのに、心は晴れない。


ハンジやエレン達は無事なのだろうか。


エルミハ区から此処トロスト区まで夜通し馬で走ったが、身体は全く疲労を感じていないのが不思議だ。気を張っているからだろうか。



「ピクシス司令に会いに行く。君も来るか?」



厩舎に馬を繋いだ後、エルヴィンはシャオを見て笑う。二人はこの一晩で大分打ち解けた。ハンジからの伝言を伝えた時は真剣な眼差しで頷いていたが、それ以外は他愛もない話で盛り上がり、彼の表情は終始穏やかだった。

団長の顔をしていないエルヴィンは、紳士的で気さくな男性だと言うことを、シャオは知った。



「ピクシス司令と謁見ですか…?恐れ多いです…」



「はは、そんなに気負うな。司令は美人に目がないから、シャオを連れていけば喜ぶだろう」



「め、滅相もないです……!」



顔を真っ赤にして焦る彼女を半ば無理矢理頷かせると、エルヴィンとシャオは立体機動で壁に上った。

壁の上からは、壁外の草原が朝日できらきら光っているのが見える。風は強いが、遠くの景色まで見渡せるこの場所が、シャオは好きだった。
いつかウォール・マリアの壁からもこうやって景色を眺めたい。

壁上部のレールに沿うように歩いていくと、胡座を組んで酒を煽るピクシスの後姿が目に入る。足元には既に空き瓶が二本転がっていた。


彼の背には、盾と薔薇…駐屯兵団の紋章が。



「ピクシス司令!」



エルヴィンが呼びかけると、「ん?」とピクシスはゆっくりと振り返る。



「おぉ、エルヴィンか。…それと」



ドット・ピクシス。駐屯兵団の司令で、トロスト区を含む南側領土の最高責任者。人類の最重要区防衛の全権を委任された男だが、他人とは異なる嗜好を持つことから生来の変人としても知られている…。その男に視線を向けられ、シャオは緊張を隠さずに敬礼をした。



「調査兵団所属、シャオリー・アシュレイです!お会い出来て光栄です、ピクシス司令!」



「ほっほっ、可愛らしいお嬢さんだ!エルヴィンの恋人か?」



これは絶好の酒の肴だと愉しそうに笑うピクシスに、エルヴィンも笑みを浮かべて答える。



「いいえ、残念ながら。彼女はリヴァイのものなので手は出せません」



「ほお、リヴァイのか…」



そう納得して、ピクシスはシャオの頭の先から爪先までを眺める。最初の頃のエルヴィンと同じような、シャオの力量を見定めようとする目に、居心地の悪さを感じた。シャオは無意識に笑顔を貼り付ける。

そのまま暫くシャオの姿を凝視した後、ピクシスは人の好さそうな笑みを浮かべた。



「わしにはエルヴィンの方が、お似合いじゃと思うがの」



そうきっぱりと告げられた一言に、シャオは唖然とする。何も言い返せずに口をぱくぱくしていると、苦笑したエルヴィンが助け船を出す。



「司令…二人は愛し合っていますし、何よりリヴァイは彼女をとても大切にしています」



「そうなのか?奴がか?」



本当に驚いた様子でエルヴィンを見上げるピクシスが、何を思ってそう発言したのか、シャオには解らず混乱していた。


シャオに出会うまでのリヴァイの性生活は乱れに乱れており、ピクシスにもその話が耳に入る程だった。というのも一度、貴族の娘がリヴァイに惚れ込んでしまい、元々身体だけを相手にする予定だったリヴァイが、突然関係を切った事に腹を立て、大きな問題となってしまったことがあるのだ。

その一件と地下街のゴロツキという出自も後押しとなり、リヴァイは下半身がだらしない男という印象がピクシスにはあった。



「苦労なさるな…」



「リヴァイは彼女に出会って変わったんです…」



「???」



何故かピクシスに同情の目を向けられ、そしてエルヴィンが慌ててフォローするのを見て、シャオは動揺していた。



「それはそうと、エルヴィンよ…例のねずみっ子を一匹捕らえたらしいの」



「!えぇ…しかし、あと一歩及びませんでした」



ピクシスが立ち上がると、エルヴィンは精悍な表情に戻り、本来の目的である話を始める。



「見てください。ついに憲兵団をこの巨人のいる領域まで引きずり下ろすことが叶いました」



視線を壁外から街中へ向けると、背にユニコーンの紋章を背負った兵士達の姿がそこにはあった。憲兵団だ。



「今回の件で中央の連中も考えたのじゃろう。古くさい慣習と心中する覚悟が自分にあるのかをの」



「ええ。…して、ピクシス司令。索敵の状況はどうなっていますか?」



「…第一・第二防衛戦に巨人が現れなくなってからも続けてはおるが、殆ど巨人は見つからん」



壁に穴が空いているならば、ウォール・マリアのように夥しい数の巨人が出現する筈だが、ウォール・ローゼの内地は穏やかだ。一見、今までと変わらないように思える。



「壁沿いを走ったハンネス達の先遣隊が無事であれば、帰りつくのはもう直かの…」




何事もなければ西のクロルバ区からの先遣隊とかち合い、戻ってくる頃だ。そう話していた矢先、一人の兵士が壁の上に飛んできた。



「ピクシス司令!!」




兵士は滝のような汗をかき、息を切らせている。この世の終わりだとでも言うような、凄まじい形相だ。何事かと三人が駆け寄れば、兵士はその場に膝をついたまま、報告を始める。



「か…壁に穴などは見当たりませんでした…し、しかし大変な事態になりました!我々はトロスト区に向かう帰路でハンジ率いる調査兵団と遭遇しました!その中に装備をつけていない104期の新兵が数名いたのですが…




その中の!3名の正体は…巨人でした!!」









…あの日、新兵勧誘式の後、右手を左胸に当て堂々と自己紹介をしてくれた104期生たちの顔が、シャオの頭の中を過る。




「正体が判明してどうなった?」




この場にいる三人は冷静だ。報告を聞いても取り乱したりしない。そのおかげで兵士の呼吸も段々と落ち着いてくる。

静かに問いかけたエルヴィンに、兵士は答える。



「調査兵団は超大型巨人・鎧の巨人と交戦、我々がその戦いに加わった時には既に、決着がーーー…」











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