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朝目覚めたら、愛しい人が自分の顔を覗き込んでいる。
周囲には、怖い、近寄りがたいと評される彼だが、自分を見下ろす目はこんなにも優しい。
この優しさに気付けるようになるには時間がかかるだろう。それでも、その優しさに一度気付いてしまったら、もう彼を手離すことなんて出来ない。
「おはよう」
「……、」
お、は、よ、う。
口の形を作る。
そしてタメ口をきいてしまったことに慌てる。
シャオは上体を起こし、まだぼんやりとしている頭を無理矢理働かせる。その時、食欲をそそるにおいが鼻を擽る。リヴァイが部屋に朝食を運んでくれていたようだ。机の上にパンとスープが乗っている。
「ほら、起きてしっかり食べろ。当面、お前の仕事は食って寝ることだ」
「………」
「ほう、寝るのも飽きたか。贅沢な奴だな」
話さずとも表情でシャオの言いたいことが何となく解るらしい。外れているときは左右に首を振る。たまに、当たっていてもそれが悔しくて振るときもある。
ベッドから起き上がった身体は軽い。丸二日間寝ていたのだから当然だ。こんなにしっかり睡眠をとったのは、子供の頃以来だった。
朝日が射し込む窓際に座り、シャオは朝食をとる。
隣の椅子に腰掛け、リヴァイはそれを眺めながら口を開く。
「俺とエレンは今日、内地に用事がある。お前は待ってられるな?」
髪を撫でながら諭すように言えば、シャオはスプーンを置いて、呆然と此方を見上げた。
不安に揺れる彼女の瞳。
垂れ下がった眉、泣きそうな表情。
この反応は想像していたが、いざ前にするとリヴァイの心も痛む。
「そんな顔しなくてもちゃんと帰ってくる。安心しろ」
「………、」
いやだいやだと駄々を捏ねるように、シャオは頭をブンブンと振る。リヴァイの腕を掴む手は必死だ。
「仕事だ、公私混同はしねぇって前から言ってんだろ。お前はガキじゃねえよな?」
そう言いながらも頭を撫でるリヴァイの手は、子供をあやす手付きに似ている。ポンポンと頭を軽く叩くと、シャオは泣き出しそうになった。しかし、肝心の涙は出ないようだった。
一昨日ハンジに貰った薬は、まだ飲ませていない。
心因性のものだから自然に治せるのであればそれに越したことはない、とハンジは言っていた。長引くようなら飲ませろと。
この病気は人によって、24時間以内に治ったり、1・2週間かかったりとバラバラらしい。
(4日目か…)
まだ不満げに下を向いているシャオを見下ろし、リヴァイは帰ってきてまだ治っていなければ、薬を飲ませようと決めた。
「寝るのが暇だったら掃除でもしてろ。エレンの部屋も頼む、汚ねぇからな」
「………、」
「アイツはピンピンしてる。昨日は昼間、本部に呼ばれてたから顔を見てねぇだけだろ」
「………、」
「帰ってきたら説明する。そろそろ迎えがきちまうからな…」
リヴァイは黒のジャケットを羽織った私服姿だ。左足を負傷しているので、戦闘に参加できない。
本日ストヘス区で行われる作戦の中心となるのは、エレンとミカサとアルミンの3人。
今回のアニ拘束作戦を大まかに説明すれば、エルヴィンやリヴァイ、エレンが憲兵団に護送される際にストヘス区中でエレンが抜け出し、3人で目標を誘き寄せ、可能なら地下で巨人化させずに捕獲するのが目的だ。エレンの影武者はジャンが引き受ける。
エレンを囮にして壁を壊す巨人の輩が捕らえられるのであれば、当然召集の話はなくなる。王都の意識も壁の防衛に傾くはずだ。
この作戦さえ成功すれば一発で状況は好転する。
だが、実行部隊を務めるエレン達3人の表情は暗かった。
(無理もねぇが…)
確かな信頼関係を築いた人間が、仲間を殺した敵だったなんて誰も信じたくはないだろう。きっと心のどこかでまだ、予測が外れることを願っているに違いない。
押し黙り、何やら考え込んでいるリヴァイをシャオは心配そうに見つめる。
…暫くしたら迎えの兵が来て、リヴァイは古城にシャオを残し馬車に乗り込んだ。
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