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ウォール・ローゼ東、カラネス区。
早朝。



「いよいよだ!これより人類はまた一歩前進する!!お前達の訓練の成果を見せてくれ!!」




空は快晴。

青空の下で兵士達の咆哮が轟き、開門する。



「第57回壁外調査を開始する!前進せよ!!」




エルヴィンの怒号を合図に、調査兵団は壁外へと赴く。地鳴りと共に門の外へと飛び出していく調査兵達に、すぐに巨人の魔の手が伸びる。



「左前方10m級接近!!」



こんなにすぐに巨人の姿を見る羽目になるとは思わず、エレンは怯み、金色の瞳が揺れた。しかし無闇に戦うことはしない。旧市街地の巨人の駆逐は援護班に任せる事になっている。


今はただ、前進あるのみ。



エレンは並走するシャオにチラリと視線を向ける。彼女にいつもの笑顔はない。眉を寄せ、きゅっと結んだ唇からは緊張の色が見える。シャオは壁外調査に参加するのは初めてではないが、何度経験しても一向に慣れることはない。




「進めぇぇぇぇ!!!」




先頭から聞こえてくるエルヴィンの声を追いかけるように、兵士達は旧市街地を颯爽と駆け抜ける。


巨人の巣窟と成り果てた、かつて人間が暮らしていた街。倒壊した家や割れた石畳、死んだ街の景色に胸を痛めながら、シャオは前を行くリヴァイの背中を見つめた。


自由の翼を背負う凛とした背中が、俺を信じろと言っているように見えて、シャオは目を細めた。





◇◆◇◆◇◆






旧市街地を抜けると、周囲には大草原が広がる。

建物がぽつりぽつりとしか見えなくなった所で、 エルヴィンは右手を掲げて叫ぶ。



「長距離索敵陣形!!展開!!」



合図と共に、それまでまとまって行動していた調査兵達は方々に散る。

エレンと同期の新兵達は荷馬車の護衛班と索敵支援班の中間、予備の馬との並走・伝達を任されている筈だ。


辺りはあっという間に静かになり、リヴァイ班の七人の馬蹄音だけが響く。



「オルオさん!あいつら…俺の同期は巨人に勝てますかね?」



「ああ?」



誰かと話をしていないと不安なのだろう、的外れな事を言い出すエレンにオルオは面倒臭そうに応じる。壁外調査は巨人との戦闘を如何に回避出来るかが重要だと、エレンにも教えてある筈なのに。
焦りからかそんなことを言い出すエレンを落ち着かせるように、シャオは静かに声をかけてやる。



「大丈夫だよエレン。新兵の班にはベテランの兵士がついているから」



「そ…そうですよね!」



ぎこちなく笑うエレンに、シャオは頷いてみせる。そして合図を見逃さないよう、周囲に視線を巡らせる。

遠くに微かに見える馬の影。
時折風に乗って聞こえてくる兵士達の声。

壁外はとても壮大で、シャオはいつもこの広い世界に取り残されてしまったかのような感覚に陥る。

ウォール・マリアの外側はきっと、想像を絶する自由という名の孤独が広がっているのだろう。



遮るもののない青空に緑の放物線をいくつも確認して、シャオはパチリと瞬きをする。



「オルオ、お前が撃て」



「はい!」



リヴァイの指示でオルオも信煙弾を放つ。

ここが陣形で最も安全な位置だからか、壁外なのにまるで巨人の気配がしない。今のところは順調に進んでいるように感じる。

しかし実際はどうなのか解らない。巨人と遭遇する確率が高い初列の方では、既に死人が出ているのではないだろうか。


静かな旅路だったが、リヴァイ班の面々は無駄口を叩くことなく馬を走らせている。少しの油断が命取りになることを、ここに居る者達は皆知っている。


七人が黙って前進を続ける中、それは突然やって来た。




「口頭伝達です!!」




右側から最高速度で馬を走らせて来た兵士は、決死の形相でリヴァイに伝える。



「右翼索敵壊滅的打撃!!右翼索敵一部機能せず!!以上の伝達を左に回して下さい!!」



報せを聞いてエレンの顔は一瞬にして真っ青になった。右翼側。確か、アルミンはそっちだ…。



「…聞いたかペトラ。行け」



「はい!」




伝達を任されたペトラは進行方向を左に変えて駆けていく。伝達を寄越した兵士も元の位置へ戻るため、右側へ走っていった所だ。


ーー…右翼側で何かが起きている。


その嫌な予感を肯定するかのように、次の瞬間、黒の煙弾が上がった。

黒の信煙弾の意味はーー…奇行種の出現。

その瞬間ゾッとして、背筋に冷たい水が流れたように震えるエレンに、リヴァイは淡々と指示を出す。



「エレン、お前が撃て」



「は、はい!」



落ち着け。巨人なんて何度も見てるだろうが。戦ってるだろうが。それどころか、巨人を一匹残らず駆逐するって、大口叩いてたじゃねえか。
大丈夫、初めての壁外だから緊張してるだけだ、俺は。


必死に自分に言い聞かせながら、エレンは震える手で黒の信煙弾を撃った。



「何てザマだ…やけに陣形の深くまで侵入させちまったな」



ぼやくリヴァイに、シャオは黒い煙を悲痛な表情で眺めて、独り言のように呟く。



「あの煙の下で誰かが戦ってる…」




ーー…すぐそこまで、巨人が近付いている。

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