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無骨な指がシャオの髪を撫で、薄い唇は絶えずにシャオの呼吸を奪う。口内に熱い舌を捩じ込まれ、全てを奪われるかのような口付けをあの夜、何度も交わした。



想いが通じ合ったあの夜。




結局シャオは自室には戻らず、リヴァイの部屋で朝まで共に過ごしたが、リヴァイはそれ以上のことを求めようとはしなかった。ただ隣に横になり、シャオが寝付くまで抱き締めてくれていただけだ。

彼の思いの外高い体温に安心し、眠気はすぐにやって来た。リヴァイの指が自分の唇を撫でたのを、シャオは微睡みの中で感じたのだった。





…そして、目覚めたら既に隣にリヴァイの姿はなかった。




それが、五日前の朝の話。







◆◇◆◇◆◇





朝の訓練を終え、シャオはペトラと共に昼食をとるため食堂に向かっていた。その途中、見知った人影が誰かを捜すようにキョロキョロと視線を動かしていることに二人は気付く。



「あ、ハンジ分隊長」



先に気付いたペトラがそう声を漏らすと、女性にしては長身のハンジが、レンズ越しにシャオの姿を捉え、にんまりと口角を上げて笑う。
そしてズドドドと地鳴りがしそうな勢いで此方に向かってきたので、それを見たペトラは顔をひきつらせた。



「シャオ〜!やっと見つけた!」



「お疲れ様ですハンジ分隊長。実験のお誘いですか?」



どうやらハンジの捜し人はシャオだったようだ。彼女の突然の訪問には既に慣れっこだったので、普段通り穏やかに答えるシャオを見下ろし、ハンジは早口で捲し立てる。



「実験もいいけど今日はちょっと時間がないんだ!ついてきて!」



ごめんちょっとシャオ借りるよ、と一応ペトラに断りを入れてから、ハンジはシャオの手首を掴み、半ば無理矢理引っ張っていく。わっ、とつんのめりながら、前を行く早足のハンジをシャオは駆け足で追いかける。リーチが違いすぎて一歩の差が大きい。


行き先も告げずに先を歩くハンジの背中はやはり頼もしかった。兵士としての実力も然ることながら頭脳明晰、明るくさっぱりとした性格、そして自分の欲望に忠実に生きているハンジは人として大きく見える。同性の自分から見ても、とても魅力的な人だとシャオは思う。



「は…ハンジさん、何処にっ?」



訓練でヘトヘトの上、行き先を告げられないマラソンに付き合わされては、流石のシャオにも焦りの色が浮かぶ。彼女が息を切らしながら向けたその問いに、ハンジは一言「審議所。」とだけ答える。



「えっ?」




てっきりソニーとビーンの所に連れていかれるとばかり思っていたシャオは、予想外の答えにポカンとする。


審議所?何故??


自分には一生縁のない場所だと思っていたが、どうやらこれからハンジは中央にあるそこに自分を連れていこうとしているらしい。その証拠に、ハンジが向かう先に馬車がとまっているのが見えた。



「ミケ!待たせたね、すぐに出発しよう!」



馬車に寄り掛かるようにして立っている長身の男はハンジと同じく調査兵団で分隊長を務める男、ミケ・ザカリアス。ミケはハンジの声に腕を組んだまま頷き、チラリとシャオに目をやった。引き摺られているのにも関わらずシャオは律儀にも敬礼をしようとしたが、右手首を掴まれているのでそれは出来なかった。代わりに頭を下げると、ミケは僅かに微笑んだ。


ミケは優しく面倒見が良い。シャオも何度か顔を合わせたことがあるが、口数は少ないにしろ、彼はいつもシャオの話を聞いて微笑んでくれていた。
「さあ、乗って!」と笑うハンジに馬車の中へと引っ張り込まれる。腰を下ろした瞬間、すぐに馬車は走り出した。


漸く座る事が出来てふーっと息を吐くシャオの肩を抱き、ハンジは苦笑しながらもシャオを連れ出した理由を話してくれた。



「ごめんごめん、でも本当に時間がなくてさぁ!夕方までには審議所に行きたいんだ。兵法会議が夕方からだから…」



「兵法会議、ですか?」



呼吸が落ち着いてきたシャオは、右隣に座るハンジと向かいに座るミケ、二人を交互に見つめて更なる説明を求める。



「あぁ。例の巨人になれる少年、エレン・イェーガーの処遇を決める兵法会議さ」



「…はぁ、処遇について審議を?」



「そうだ。エレンを憲兵団か調査兵団、どっちに預けるか審議するんだよ」



中央で実権を持つ有力者達は巨人の力を持つエレンを恐れ、人類の脅威と認識している。彼の存在を肯定することの実害の大きさを考慮し、憲兵団はエレンの人体を徹底的に調べ上げた後、処分しようと企んでいるらしい。



「勿論、そんなことはさせない。エレンを我々調査兵団に迎え入れる為に、ここ数日間エルヴィンと私で知恵を絞っていたんだから。リヴァイもね」



突然出てきた恋人の名前に、シャオの心臓は大きな音を立てる。それを悟られないように俯くシャオを、向かいのミケはじっと見下ろしている。ハンジはシャオの些細な変化に気づいていない。



「それで最近忙しくてリヴァイの機嫌が悪いったらなんの…これをシャオに何とかしてもらおうと思って。会議が終わったら顔見せてあげてよ、きっと喜ぶからさ」



「えぇぇ、私が行ったところで兵長の機嫌…治りますかね…」



五日前に確かに想いを伝え合った筈なのに、今となってはそれはまるで一夜の夢だったかのように思える。目覚めたら彼が寝ていた場所は冷たくて、隣に本当にリヴァイが居たのかさえ定かではなかった。部屋を出るときに声をかけてもくれなかったのだから。

五日間も会えず話せず姿も見せず行方を眩ましたリヴァイに、シャオは少なからず落ち込んでいた。


眉を下げて無理矢理笑うシャオの痛々しさに、ミケは眉をしかめる。しかしハンジはあっけらかんと「そんなの当たり前じゃない」と答えた。



「シャオはリヴァイの唯一の癒しなんだからさ!」



「…えっと…」



…もしかしてハンジさん、知っているの?



シャオはリヴァイと恋仲になったことを誰にも話していない。誰かに話せばすぐに広まるし、人類最強の兵士長として名高いリヴァイが自分のような一般兵と交際している事が知れたら、何かと迷惑をかけてしまうかもしれないと配慮したからだ。
リヴァイの方も自身の色恋沙汰を誰かに一々話したりはしないだろう。幾ら腐れ縁のハンジ相手だとしても、そんなシーンは想像できない。




「…私のような平凡な兵士が、あのリヴァイ兵長を癒すんですか?どうやって?やり方教えてくださいハンジさん」




ハンジが何も知らないと仮定して、ふふふ、と笑いながらシャオが言うと、ハンジもつられて笑ってみせる。


結論から言えば、ハンジは二人が交際を始めていたことを知らなかった。シャオの予想通り、リヴァイは女が出来たと周りに一々報告するような男ではない。ハンジはただ、リヴァイがシャオに向ける恋心に気付いていて、今回も彼を後押しするべく行動を起こしただけだ。




三人を乗せた馬車は中央までの道を急ぐ。
リヴァイは彼女が審議所に来ることを知らない。

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