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エルヴィンの撤退命令を聞いた後のリヴァイの行動は早かった。
生き残った兵士達を集め即席の班を結成、なるべく散らばりながら壁が破壊されているであろうトロスト区へと急ぐ。
「お前は俺と来い!」
人員が少ないので一人で一個旅団並の戦力を誇るリヴァイは個人で動こうとしたが、シャオの顔を見ると口が勝手にそう指示を出していた。
「了解!」
先程までの沈んだ表情はなりを潜め、一端の兵士の顔に戻ったシャオはハキハキと返事をする。シャオは気持ちの切り替えは上手な方だった。
手綱を握りしめ、シャオは前を走るリヴァイの背を追う。自由の翼が描かれた調査兵団のマント。その背は小柄だが、彼は沢山のものをその背に背負っている。群衆の期待や羨望、兵士長としての責任、そして、自らが課した巨人を絶滅させるという強い意志。
リヴァイ兵士長の背中を見ると、シャオの胸は軋んだ音を立てる。
◆◇◆◇◆◇
トロスト区の扉は無惨にも破壊されていた。
「…エルヴィンの話は本当だったようだな」
チッと舌打ちをしながらぼやくリヴァイを前に、シャオの顔に緊張が走る。扉が破壊されたということは、トロスト区も壁外と同じだということだ。中は巨人の巣窟。いつ命を狙われるか解らない。いくら公に心臓を捧げた兵士と言えど、沸き上がる恐怖心からは抗えない。目に見えて口数が少なくなったシャオを引き連れ、リヴァイは彼女を安心させるかのように平然と声をかける。
「中に入ったら立体機動だ。使い方くらい知ってんだろ?」
「も、勿論です!」
シャオが立体機動のセンスがないことを知っているリヴァイはそれを敢えてつついて彼女の緊張を解す。ムッとした表情をつくるシャオを鼻で笑い、リヴァイは破壊された扉を潜り抜ける。
「シャオ!巨人の位置を的確に知らせろ!削ぐのは俺の仕事だ!」
「了解!」
トロスト区の扉を潜った後、二人は立体機動装置で建物の上に上がった。辺りに立ち込める硝煙と血の匂い。この街が突破されたのは真実らしい。
現に、シャオの目はすぐに巨人の姿を捉えていた。
「右手前!7m級接近!その後ろからも2体来ます、共に5m級!」
シャオの指示を聞き、リヴァイはブレードを引き抜く。
「…雑魚だな」
そう呟き、リヴァイはシャオが知らせた三体の巨人をあっという間に血祭に上げた。血飛沫に眉をひそめながらも、リヴァイは次の指示を促すようにシャオの方へと顔を向ける。
彼女の方も大きな目を見開き辺りを見渡した後、困惑した様子でリヴァイに視線を向けた。
交わる視線。
「兵長、街の様子がおかしいです…!」
「あぁ?」
恐怖心が垣間見えるシャオを安心させるかのように、リヴァイは彼女のすぐ隣へと飛ぶ。
そして同じように彼女の視点から街を見渡してみると、リヴァイの目は一層鋭くなった。
「…何やってんだあいつらは?わざわざ進んで食われに行ってんのか?」
二人が見たのは立体機動も馬も使わず巨人に近付いていく駐屯兵及び訓練兵の姿だった。徒歩で巨人に立ち向かうのは自殺行為だというのは解っている筈なのに、彼らはギリギリまでその足で巨人に近付き、わざと囮になっているようにも見えた。
「囮になるということは、彼らは何かを守ろうとしている…」
頭の中を整理するかのようにシャオは声に出して考えをまとめる。状況を把握するために、何度か民家の屋根を飛び越えてからもう一度眼下を眺める。
リヴァイも黙ったまま彼女の後ろに立った。
「…兵長、巨人です!」
そして突然発せられた指示に、リヴァイはブレードを掲げる。
「何処だ」
「正面です、15m級…」
言いかけて、シャオの動きはピタリと止まった。
…何だ、あの巨人は。奇行種か?
心なしか普通の巨人と見た目も異なる。
それより何より、あの巨人を守るかのように先導する訓練兵二人は一体何者だ?
突然頭の中を駆け巡る疑問符に、シャオの脳内はショート寸前だ。
「岩を…運んでます」
辛うじて絞り出した声で目に見える事実を伝えると、ピクリとリヴァイのこめかみが動く。
「奇行種か。漸く骨のある奴が来やがった」
吐き捨てるようにそう言うリヴァイに、シャオは眉を下げた情けない表情を見せる。
岩を運ぶ巨人を先導する訓練兵二人。
巨人が進む先には穴を開けられた扉がある。
何故かあの黒髪の巨人を狙うように群がる巨人、それらを引き付ける役目を背負って地上で闘う兵士達。
ー…この考えが間違いではないのなら。
「恐らく岩で穴を塞ぐ気です…あの巨人は私達の味方です!」
自分の発言に自信が持てないのか、シャオは珍しく困った表情を浮かべてリヴァイを見上げた。リヴァイは一度シャオと目と目を合わせた後、件の岩を運ぶ巨人に視線を移した。
「どうなってやがる…?」
リヴァイの呟きは辺りに轟く兵士達の叫び声にかき消された。
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