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多くの兵士にとって、“最後の夜“となったあの日。


キラキラとした目で夢を語る少年の声を聞きながら、リヴァイは愛しい女を引き寄せて口付けた。海を見に行くという美しい夢物語を聞きながら、隣に寄り添うその存在を確かめるように夢中でその唇を貪った。


深夜とはいえ人通りが0ではない廊下で、あんなふうに彼女を強く求めるのは、恐らく最初で最後のことだろう。

彼女の体温を忘れぬよう、この身に刻んでおきたいというリヴァイの想いがそこにはあった。






「どいつもこいつも……」






固く瞼を閉じているベルトルトの、四肢を切断された身体を引き摺り、リヴァイはポツリと呟く。





「ガキみてぇに……わめき散らしやがって……」






『私も、海……見たいです、兵長』





アルミンが語る夢の話に目を輝かせたシャオの表情を思い出す。頑なに兵士として生きようとしていた彼女が未来の話を口にするのはとても珍しい。普段なら言葉にこそしなくても、私のことは見捨てて下さい、なんて言いたげな顔をするのに、あろうことか奪還作戦の前に、シャオはリヴァイにそう言ってきた。


きっとそれこそが彼女の本心だった。

死にたくない。
生きていきたい。
口には出さずとも、ずっとそう願っていた。


シャオだけではない、死んでいった何百人という兵士達も、自分の死が誇らしいなどと思わなかったはずだ。皆最後に感じたのは、死への恐怖だけだ。



ぼんやりとしたままリヴァイはエルヴィンに向き直ると、目を閉じたその表情を見た瞬間、最期に交わした会話を鮮烈に思い出す。









ーーー……俺はコイツに、夢を諦めて死ねと言った。新兵達を地獄に導けと。



その非情な選択に対して奴は、長い付き合いだが今まで見たこともなかった穏やかな笑みを浮かべて言ったんだ。







『リヴァイ……ありがとう』










あの時確かに、多くの新兵達が死ぬのが恐いと泣き叫ぶ中、エルヴィンは人類のため心臓を捧げることを自ら望んでいた。


調査兵団団長としてエルヴィンは悪魔になるしかなかった。多くの兵士達の命を駒のように扱ったのだ。それを望んだのは他でもない、彼を取り巻く兵士達。



しかしエルヴィンとて一人の人間であり、自らの所業に何も感じなかったわけがない。



やっとこの地獄から解放されると、エルヴィンはリヴァイにホッとしたような笑顔を向けた。その表情に恐怖心は一欠片も無かった。




「……エルヴィン……」






地上に連れてこられてから、ずっと見上げてきた彼の青白い顔を見下ろして、リヴァイは注射器を握る手に力を込める。









◆◇◆◇◆◇









旧市街地は酷い有り様だ。焼け野原。爆風に巻き込まれたものは即死だっただろう。至るところに積み上がった瓦礫の山が、爆発の威力を物語っている。

ハンジに教えられた場所までリヴァイは駆け出す。ガスはエレンから補給されたが、これから彼女を抱えて帰ることを考えると、節約するに越したことはない。


息を切らしてリヴァイは彼女の名前を呼ぶ。






「シャオ!!」





右足を失った、と聞いた。ならば動き回ってはいない筈だ。中心地の建物は殆んどなくなっているので幸いなことに視界は良い。リヴァイは視線を張り巡らせて彼女の小さな姿を捜す。




「シャオ!!」





もう一度名を呼ぶと、瓦礫の山の影に隠れたあたりをか細い声が聞こえたような気がして、リヴァイは迷わずそちらに足を向ける。



獣の巨人との戦闘の他、何十という15m級の巨人と対峙してきたばかりのリヴァイの肉体は限界を訴えていた。最早、強靭な精神力だけで動いていると言っても大袈裟ではない。



恐らく彼女はこの焼け野が原の真ん中で、独りきりで泣いているのだ。



一秒でも早く迎えに行かないと。



もう大丈夫だと、頭を撫でてやりたい。






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