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新たな王の登場に歓喜している群衆を掻き分け、リヴァイは呆然と座り込んでいるシャオに駆け寄っていく。
自ら女王を名乗ったヒストリアは、現場に駆けつけたエルヴィンやハンジの指示の下、すぐに中央へ向かうことになった。
息もつかせぬ展開に目を白黒させながら、ヒストリアが首を伸ばして後ろに居たシャオの様子を窺えば、傍らに人類最強の男の姿が見えたのでホッとする。
(リヴァイ兵士長が居るなら大丈夫)
シャオが怪我をしていないか心配だったが、誰よりもシャオを想っている彼が居るなら安心だと、ヒストリアは前を向き、導かれるままに歩き出した。
女王の後をついていくように群衆も移動を始め、辺りはあっという間に静かになる。
荷馬車の上で膝を崩して座り込んでいるシャオを、仁王立ちでリヴァイは見下ろした。
「…………」
「…………」
無言だと余計に怖いからせめて何か言ってほしい。と、言いたいのは彼女の顔を見ればすぐに解る。冷や汗をだらだらと垂らすシャオを見かねて、リヴァイは盛大にため息を吐き、視線を合わせるようにその場にしゃがみ込む。
「もしこの荷馬車がなかったらお前の身体中の骨はバラバラだ」
「はい…」
「…ただ、お前のその無駄な自己犠牲精神のおかげで、ヒストリアは助かったかもな」
「………」
「しかし、結果的にお前もヒストリアも無事だった…それなら別に、何も言うことはねぇが」
そう言いながらも、リヴァイは苦悶に満ちた顔をする。そして彼は視線を逸らし、独り言のように、掠れた声で呟く。
「何だろうな…。最近、お前が居なくなっちまいそうな気がして…怖ぇんだ」
胸騒ぎがして、リヴァイは咄嗟にシャオに手を伸ばす。頬に当てられた手に自らの手を重ね、シャオは目を細める。怖いだなんて、この人が口にするなんて思わなかった。
普通の女だったらこの場面で、何処へも行きません、と言えるのに。すぐにでも。
それなのに、胸に宿る兵士としてのシャオがそれを拒む。
困ったように何も言えずにいるシャオと、リヴァイは暫くの間見つめ合っていた。その数分が、とても長い時間のように思えた。
リヴァイは彼女に言ってほしかったのだ。
何処へも行かない、と。
ずっと一緒に居ます、と。
その言葉だけを望んでいたのに、頭の良いシャオならそれを解っていた筈なのに。彼女は口を閉ざした。何も言わず、大きな瞳で此方を見上げるだけだった。
「リヴァイ兵長!!」
一人の兵士が自分を呼びに来るまで、二人の空間は沈黙に包まれていた。互いに胸の内を明かさないまま、「どうした」と何事もなかったかのように立ち上がるリヴァイに、兵士は左胸に右手を当て、早口で報告をする。
「切り裂きケニーが近くの森で発見されました!瀕死の状態です!」
その報告に驚いたのか、リヴァイは無言で兵士を見返す。鷹のような鋭い視線を向けられ、兵士は顔を強張らせる。
ケニー・アッカーマン。
リヴァイが今この世界に存在するのは、ケニーという存在が在ったからだ。ハンジの部下を殺したのも、自分の命を狙ってきたのも、紛れもなくこの男なのに。
ケニーが幼少期のリヴァイを育てた。
何があっても、それだけは覆せない事実である。
暫く過去に思いを馳せた後、リヴァイは右手をシャオに差し出す。
「動けるか?」
「は、はい」
ぶっきらぼうに言いながらも、自分の身を引っ張り上げてくれるリヴァイの手は優しい。体の節々が痛むが、耐えられない程ではないようだ。歩けます、と気丈に笑うシャオに頷き、リヴァイは兵士の方へ体を向ける。
「…ケニーの所へ行く。案内しろ」
「はっ!」
すぐに馬を準備します、と身を翻す兵士の姿を眺め、リヴァイはシャオに向き直る。相変わらず表情が読めない。それでも今目の前に居る彼は、上官ではなく恋人のリヴァイだということは、瞬時に解った。
「お前も来てくれるか?」
ケニーという男が、リヴァイの育ての親だと聞いている。リヴァイがシャオに、未だ明かしたことがない過去。地下街での暗い記憶。エルヴィンに出会い調査兵団に入団するまでのリヴァイの人生は闇に染まっていた。
それをこれから、初めて彼女に打ち明ける。
「勿論です、リヴァイ兵長」
行きましょう、と微笑む彼女に、この時背中を押された気がした。
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