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ーーー…エレン、あなたが。
貴方が、泣いている時は
どこにいたって
私が必ず助けに行く。
爆風に吹き飛ばされ転げ回りながらも、ヒストリアは眼を閉じ、つい先程までこの手に触れていたエレンのことを想う。
訓練兵時代には、ヒストリアは特別彼を異性として意識したことはなかった。彼女は常にユミルと共に行動していたし、エレンの傍にはアルミンとミカサが居た。エレンとはたまに班で一緒になった時や食堂で席が近くなった時に言葉を交わす位で、それ以上の接点は無かった。
距離が急速に縮まったのは今回の作戦から。共に新リヴァイ班のメンバーに選ばれ、更に特別な能力を持つ者同士、二人きりで行動することが増えた。
一対一で話してみて、初めて解ることが沢山あった。
直情的で喧嘩ばかりしているイメージだったエレンが、実はとても繊細で泣き虫だということ。落ち込んでいる仲間を励まそうとして空回りをすること。意外によく笑う人だということ。自分を見下ろす、その金色の瞳がとても綺麗だということ。
混乱の最中で、ヒストリアは生まれて初めて、誰かに恋心というものを抱いた。それは擽ったくて仄かに温かくて、不意に泣きたくなるような切ない感情だった。
この恋が成就するとは思っていない。それでも、この想いに気付けて良かった。本人が好意に気付くかどうかも解らない程遠回しにだけど、想いを口にする事も出来たのだから。
突風に教われ崖から放り出されそうになりながら、ヒストリアはそんなことを考えていた。
その時、ガシリと強い力で手首を引っ張られ、地面への落下は免れる。
閉じかけていた目を見開くと、そこにあった人物の顔に、ヒストリアはひゅっと息を呑む。
「無事?」
美しい黒髪に、黒耀石の瞳。
常にエレンの傍に寄り添い、彼を優しい眼差しで見つめ、彼を護る為に存在すると言っても過言ではない程エレンに深い愛情を注ぐ少女。
「ミカサ…!」
反射的に、ヒストリアはミカサの手を振り払った。
「!!」
力の差は歴然だった筈が、ミカサはヒストリアが手を振り払うなんて思っていなかったのだろう。驚いてパッと手を開いた瞬間、みるみるうちにヒストリアとの距離は離れていく。
「ヒストリア!!」
それを止めたのはミカサの横から飛び出していったシャオだった。彼女は宙に放り出されたヒストリアの体をぎゅっと抱き締める。危うく自分も落下しそうになるが、ミカサとサシャがそれぞれシャオの両足首を掴んだので無事だった。
祭壇の上に引き上げられ一先ず安堵し、二人にありがとうと言ってから、シャオはもう一度ヒストリアを抱き締めた。
(良かった、死んじゃうかと思った……!!)
まだ心臓がバクバク鳴っている。この現場をリヴァイが見ていたらまた怒られたかもしれない。自分の身を蔑ろにするな、と。しかし、仲間の危機を何もしないで眺めているような真似は、もうごめんだった。巨人に食われていく仲間をただ眺めているだけの、そんな兵士ではダメだと思った。
壁外調査で女型の巨人に追われている時、何人もの仲間が後ろで死んでいくのに前を向いて走り続けた、あの絶望はもう二度と味わいたくない。
不意に、腕の中のヒストリアが顔を上げる。
真っ直ぐな瞳がシャオを捉えた。
そして、ヒストリアは微笑んだ。
「助けてくれてありがとう、シャオさん」
それは彼女がヒストリアとして、初めてシャオに見せた笑顔だった。突然のことに言葉も出ずただ呆然としていると、ヒストリアの小さな体がギューッと抱き付いてくる。そしてシャオの胸に頬擦りをして、屈託のない笑みを浮かべて言った。
「ずっとこうして甘えたかった……!お姉ちゃんに、するみたいに……!」
目覚める度に忘れていた、幼い頃の記憶。唯一、自分に愛情を注いでくれた腹違いの姉、フリーダ・レイス。シャオはフリーダと同じく、暖かい手と眼差しでヒストリアの心を包んでくれた。無表情の仮面で拒んでも、シャオが自分に向ける眼差しは一度も変わらなかった。
「ミカサ、さっきはごめん!びっくりしちゃって……」
彼女の腕の中ですまなそうに眉を下げるヒストリアに、ミカサは優しく「気にしてない」と答える。
シャオは未だ、驚きと感動で何も言えずにいた。
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