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自分の部屋にも彼女の部屋にも、シャオの姿がない。浴室にも食堂にも、談話室にも。



「何処だ…?」



厩舎に馬は繋がっていたので、彼女は古城からは出ていない筈だ。辺りが綺麗に片付けられているのを見ると、掃除をしてくれていたことも見てとれる。




(まさか…)




不意にリヴァイは思い立ち、シャオの部屋と同じ階にある、ペトラが使用していた部屋の扉を開ける。
そして机に突っ伏している小さい背中を発見すると、ふーっと安堵の溜め息を吐いた。


彼女の背中は規則正しく動いている。どうやら眠っているようだ。

リヴァイはゆっくりと近付いて、彼女の背中を撫でる。



「シャオ。戻ったぞ」



「……、」



声に反応して身動ぎし、それでも目蓋は上がらない。顔を覗き込み耳元で、起きろ、というと、漸くシャオは目を開けた。




「ただいま。悪い、遅くなった」



冷たい頬を暖めるように掌で包み、そう囁いてからそっと唇を落とす。



「…泣いたのか?」




彼女の目が少し腫れていることに気付いたリヴァイが目元を撫でると、シャオはこくりと頷いた。そうして、白い封筒を差し出してくる。
黙ってその封筒を受け取り、リヴァイは中身を確認する。どうやらこれはペトラの遺書のようだ。

最後の一文字まで無表情で目を通し、その後リヴァイはシャオの頭を撫でた。


泣くことが出来て良かった。



「ペトラに感謝しねぇとな」



お前の心を救ってくれた。
乾いていた目から涙を引き出してくれた。



彼の一言で儚げに笑い、シャオはリヴァイに抱き付いた。



「急だが…明日の朝、俺たちは古城から本部に戻って、それから昼までにまたストヘス区に行かなきゃなんねぇ。色々あって忙しいが…」



「………、」



「エレンはストヘス区だ。アイツの荷物も持って早朝に此処を出発する」



今夜が古城で過ごす最後の夜となった。



「遺品を片付けてくれたんだな、ありがとう。明日兵士が家族に届けてくれるだろう」



細い体を抱き締めて、言い聞かせるように話す。彼女の身体は心配だが、現在の状況は緊迫している。明日にはシャオにも兵士に戻ってもらう。一旦体を離し、下にある彼女の顔を覗き込むと、彼女の表情は凛としていた。



「…いい子だ」



額に唇を落とし、明日に備えて早く寝るぞ、とシャオの腕を引いた。








◆◇◆◇◆◇







二人はベッドの中で寄り添い、シャオはリヴァイに後ろから抱き締められる格好で目を閉じる。

二人きりの静かな夜だった。
月の光が射し込む部屋で微睡んでいると、耳元でリヴァイは囁いた。



「シャオ。俺に、隠してることはないか?」



突然そう尋ねられ、シャオは閉じていた瞼を上げる。心当たりがない。ゆっくりと体をリヴァイの方へ向けると、至近距離でリヴァイと視線がぶつかった。信じられない程優しい瞳だ。


彼女の顔にかかる髪をかきあげ、今度は目と目を合わせて静かに告げる。



「薬を貰ったんだが…他の薬との併用は出来ねぇと」



そう告げれば、彼女は解りやすく反応した。目を大きく見開き、息を呑む。落ち着けるように、シャオの頬に手をやった。



「そんな顔しなくても大丈夫だ、もうハンジから聞いている。お前は悪くない…悪いのは、俺だ」



自嘲するようにそう言い、リヴァイはふっと目を閉じた。彼の声は掠れている。シャオの体は時を忘れたかのように動けないままで、リヴァイの言葉を待つことしか出来なかった。




「すまない」




謝ることなんて、ないのに。

お前を壁外に行かせたくなかった、とその理由を告げることもなく、簡潔に謝罪の意を述べるリヴァイに、反論するかのようにシャオは首を振った。

悪いのは自分だ。
その時にちゃんと言わなかった自分だ。
隠すような真似をして、結果的に彼を傷付けた。


震える指先でリヴァイの頬を撫でれば、リヴァイはうっすらと目を開ける。暫くの間見つめ合うと、なぁ、とリヴァイは語り出した。



「お前はお前だ…自分の好きなように生きればいい。俺は文句は言わねぇ。巨人と戦おうが壁外に着いてこようが、今まで通り、俺が勝手に護ればいいだけの話だからな」



安全な場所で待たせるのではなく、共に肩を並べて戦う兵士としてシャオが生きることを、リヴァイは認めてくれたのだ。




「だがひとつ、お前に言っておくことがある」





これからもこの人の傍で兵士として生きていける。
壁外調査はとても恐い。それでも、彼がもう帰って来ないかもしれないと内地で待つ恐怖よりはずっとましだ。
そして、これからも父の夢の続きを見れる。あの日記の空白の頁に文字を連ねることが出来る。


そう、それが私の夢。



彼が何を言うのか、シャオは微笑みを浮かべて待っていた。それは想いが通じ合った夜を彷彿とさせる表情だった。あの時もこうやって、中々言い出せないでいる不甲斐ない自分を、彼女は待ってくれていた。








「結婚してほしい」







告げられた言葉に、シャオは目を瞬かせた。
リヴァイの強い瞳は揺るがない。じっとシャオの瞳の奥を見つめて、答えを待っている。


今回調査に出て…そして、ハンジから彼女の秘密を打ち明けられ、リヴァイの考え方が変わった。
これからの敵は今までとは違う…壁を破った超大型巨人や鎧の巨人、それらと対峙する日が必ず来る。
シャオが兵士として生きるのなら、いつか自分の力で護りきれない時が来るかもしれない。もしくは、格好悪いが自分が先に逝ってしまうかもしれない。

どちらかがいなくなってしまってからでは、遅いのだ。永遠の愛を誓うのは。






「…はい…!」






久しぶりに聞いた声に、今度はリヴァイが目を見開く。驚いているリヴァイを余所に、シャオは綺麗に微笑んで何度も頷いてみせた。
彼女の声は小さかったが、確かに鼓膜を振動させた。もっとその声を聞きたくて、咄嗟にリヴァイは彼女の首に手をやる。擽るように撫でれば、シャオは笑った。

彼女は笑ったのに、ポロリと一粒の涙を溢す。

リヴァイはそれを指で拭い、キスをしようと額を合わせた時に、吐息がかかる距離で、シャオはまた鈴の音のような声を聞かせる。






「嬉しいです…兵長、私…あなたとずっと…」








…あなたとずっと、生きていきたい。

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