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長身のエルヴィンを見上げるシャオの瞳は、未だあどけなさが残っている。ポカン、という効果音が最適な、口を開けたまま子供のように不用心に見上げてくる様は少し笑えた。



「そのままだと首を痛めてしまうな。屈んだ方が良いかい?」



「あっ!いえ、大変失礼致しました!」



我に返って顔を真っ赤にするシャオをじっと見つめるエルヴィンの瞳。策士の眼。常に何かを監察し、使える駒を探している目だ。



「そういえば、二人きりで話をするのは初めてだったな…楽にして良い。君はリヴァイと懇意にしている。それは私にとっても親睦を深めるべき相手だということだ」


「団長からそんなお言葉をかけて頂けるだけで光栄です…」


エルヴィンは優しく親しげに話かけているつもりだが、シャオの緊張は解けない。寧ろ会話をする度にどんどん距離が開いていく気がする。リヴァイやハンジとは会話が弾んでいるようなのに何故だろうか。仕方ない、助けを求めようと周りを見渡すが、保護者であるリヴァイの姿が見当たらないことに気付く。



「おや、リヴァイは来ていないのかな?」



視線を巡らすエルヴィンに、シャオは慌てて答える。



「一人で来ました!ソニーとビーンが殺されたと聞いて居ても立ってもいられず、飛んできました」



グッと胸に手を当て、マントを握り締めるシャオに、エルヴィンは視線を戻す。

彼女の真っ直ぐな瞳は大きい。長い睫毛に縁取られた澄んだ瞳は女性としてとても魅力的だとエルヴィンは思う。その目に吸い込まれてしまいそうだ。そして可笑しなことに穢れがない。成人した人間には少しは影があっても良いものだとエルヴィンは思うが、彼女には不純なものが全く見受けられない事に感心する。



「そうだ…これは大変な事態だ。君は…」



反対にシャオは、エルヴィンの瞳を見て畏怖していた。この人の目が恐い。何を考えているのか全く読めず、感情の色がない。
目付きの悪さと鋭さはリヴァイの方が数段上の筈なのに、シャオはリヴァイの瞳は全く恐くなかった。一見冷たそうに見えるが、彼の瞳の奥は優しい。

だが、今見つめている双眸は…温かいとか冷たいとか、そういう類いではなく、無だ。

感情のない瞳。



「…敵は何だと思う?」




ーー…この人は私を試している。



瞬間的に察知したシャオは、ひきつった顔で一度周囲を見回し、最後にのたうち回っているハンジに目をやった。そして、そこに居た筈の2体の巨人の姿も思い浮かべる。




「敵は…人間です」



「ほう…巨人ではないと?」



先を促すように問えば、シャオは一瞬周囲を気にするかのように視線を動かした。すぐに意図を察したエルヴィンは「場所を移そうか」と言ってシャオの背に手を添える。
軽く近付いた時、シャオの髪からふわりと甘い香りが漂ったことに気付き、エルヴィンは目を細めた。




◇◆◇◆◇◆




調査兵団本部にいくつもある客室の一つに入り、二人は向かい合わせに腰を掛ける。心臓の音が聞こえてしまうのではないかという程、シャオは緊張していた。この男はリヴァイが絶対の信頼を寄せ、他でもない自分自身が所属する調査兵団の団長であるのだから、警戒しなくても良い筈なのに。



「きっと大した話ではないと思います、お時間をとらせてしまってすみません…」



「いいや、私は君ととるに足らない話をしたくて此処に居るんだ。どうすれば可愛らしいお嬢さんが心を開いてくれるのか、模索しているだけだよ」



にこりと人の良い笑みを浮かべ、エルヴィンは一度窓の外を眺めた後、少しだけ声のトーンを落とす。



「…さて。君は敵は人間だと言っていたが…それはどういう意味だろう?」



膝の上で両手を合わせて此方を見据えてくるエルヴィンの碧眼は、強い力を持っていた。その重圧に負けないように、シャオは気を引き締めて質問に答える。



「…ただ単に巨人に恨みを持つ人間の犯行だとは思えません。私達の大切な被験体を殺害したということは、人類が巨人の秘密を探るのをよく思っていない人物が兵団の中に居るのではないかと推測します」



「…何故、巨人を憎しみで殺したのではないと思うのかな?」



「犯人は立体機動で逃げたと聞きました…逃げる事まで考えて動いている。即ち計画性があり、衝動的な犯行だとは考えにくいです。ソニーとビーンには見張りがついているので、素早く単独で殺害するのは難しいでしょう…なので二人以上の犯行である可能性が高い。何より敵は立体機動装置を持っている、ここが重要です。敵は兵団内の人間なんです!」



強い口調できっぱりとそう言い切ったシャオは、瞠目しているエルヴィンを見てハッと正気に戻った。「…と、推測しました…」と小声で付け足すと、それまで黙り込んでいたエルヴィンが口元をおさえて肩を揺らし始めた。



(…あれ……団長、もしかして笑っているの?)



目を伏せクツクツと声を殺し、エルヴィンは面白いものを見た、と言うように笑い出した。唖然としているシャオには申し訳ないが、彼女の演説はエルヴィンの心を掴むのに充分な出来映えであった。

あの短時間で、しかもこの緊張感の中、しっかりと自分の考えをまとめて伝えたこの女性は、やはり他の兵士とは違う何かを持っている。

座学トップという肩書きはどうやら伊達ではなかったようだ。



「ありがとうシャオ。貴重な意見だ。今後の動きの参考にさせてもらうよ」



「いえ!参考だなんてそんな、何の根拠もない話ですし…」



カアッと顔を赤く染め、シャオは両手をブンブンと振った。


エルヴィンには、彼女はハンジと思考回路が似ているように思えた。ただ、ハンジの場合は周りの目を気にせず自分の力で徹底的に謎を追究していくが、シャオの場合は周囲に遠慮をし、助言こそするものの誰かに采配は委ねるタイプだと見える。

そう思われているとは露知らず。混乱して意味もなく頭をペコペコと下げているシャオの手を、エルヴィンは突然握った。手に触れた体温に、シャオは電池が切れたかのようにピタリと動きを止める。



「有意義な時間だった。また話そう、シャオ」



向かい側にいる男の纏う空気が明らかに変わった。それに気付いたシャオは恐る恐る顔を上げると、春の日射しのように温かく此方を見下ろしているエルヴィンと視線が交わった。



(さっきまでと…まるで別人…)



拍子抜けするほど敵意のない空色は、シャオリーという存在を許容した証だ。自分はリヴァイ班に居る価値がある兵士だと、エルヴィン団長は認めてくれたらしい。


"合格"とされ一先ず安堵したものの、シャオの心は薄く靄がかかったままだった。

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