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こうやって震えているうちは、何も出来やしない。
自分自身を客観的に見てそう判断したアルミンは、一時的に指揮権をジャンへと委ねた。
超大型巨人が起こした、さっきの爆風。ハンジ班やスヴェン班長、そしてシャオさん……姿が見えず声も聞こえないということは、爆発に巻き込まれてしまった可能性が高い。
生存率は絶望的な数字だ。
よって、恐らく生き残ったのはここにいるスヴェン班所属の104期の面々のみ。
そんな危機的状況の中、アルミンはぼんやりとアニの名前を初めて呼んだ日のことを思い出していた。
ーー……訓練兵団に入団したのは12歳。
僕らはまだ子供だった。
些細なことで傷付き、怒り、泣いて、悲しみを乗り越える術も持たず、不安をやり過ごすことも出来ず、様々な葛藤と戦いながら日々を生きていた。
あれからまだ3年しか経ってないけど、
僕はもう心身共に大人なったつもりだ。
多くの仲間を看取った。
生きるか死ぬかの瀬戸際を味わった。
人を殺めた。
恋をした相手を、裏切った。
目を背けたくなる怒濤のような日々が
僕を無理矢理、大人にさせた。
……ベルトルト。
君に、悪魔、と称された僕なら
自分を犠牲にしてだって、
お前を殺すことが出来る。
「……作戦がある」
たった一蹴りで壁の上まで吹き飛ばされたエレンが、動き出す気配はない。その内に、鎧の巨人も息を吹き返した。もう何の策も浮かばない、と肩を落とすジャンの隣で、それまで脱け殻のようだったアルミンがポツリと呟いた。
雷槍で反撃をしようとして返り討ちに遭ったミカサは、傷だらけの体を引き摺って、アルミンの隣に膝をつく。
「ハンジさんの言った通りだ!!やっぱり超大型巨人は消耗戦に弱い!!」
少し細くなった超大型巨人の体を指差したアルミンの瞳は光を取り戻す。
「エレンの実験を思い出して。続けて巨人化できるのは3回まで。全身を硬質化できるのは2回が限度。限度を超えた後は力が先細りするだけで、有効な力は何一つ発揮できなかった。15mの巨人でそれなら、60mの巨人はもっと燃料効率が悪いはずだ!」
「つ、つまり何だよ?」
突然ペラペラと説明されても、アルミンと脳の構造が違うジャンには理解が出来ない。傍らでポカンとしているサシャとコニーには尚更だ。幼い頃からの付き合いであるミカサも、困ったように首を傾げている。
自分を見つめる仲間達の顔が皆そっくりだったので、アルミンは思わず笑ってしまった。
そして笑顔で、しかし根底には強い意志を込めて。
生き残った兵士4名に、アルミンは作戦を言い渡した。
「みんなで鎧を引き付けてくれ!!
超大型は僕とエレンで倒す!!」
僕達二人で勝ってみせるから。
そう言い切ったアルミンの何かを決意した表情を見て、ジャンは嫌な予感がした。アルミンは死を覚悟している、と。
それでもここで、馬鹿な真似はよせ、と止めることなど出来なかった。現状を打破する為には、もうそれしか方法がないのだから。
(内地で安全に暮らしてぇなんてほざいてた、前の俺だったら確実に止めてたな……)
しかし、ジャンはもう立派な調査兵団の兵士だ。自由の翼を背負った瞬間に、いつかこんな日が来るだろうとは思っていた。
「「「「了解」」」」
アルミンの指示に4人は頷き、動き出した鎧の巨人の方へと一斉に飛び立つ。
思いを振り切るように前へ進む三人とは違い、唯一ミカサだけはアルミンを振り返る。
「ライナーは私達に任せて」
ミカサはアルミンと別れの言葉を交わすつもりはなかった。彼女が振り返ったのは、必ずこの戦いに勝利して、再会を誓うためだ。
相変わらず表情が乏しいミカサに、アルミンは笑顔で頷いてみせた。
(……この作戦がうまくいけば、僕はもう
海を見には行けないな……)
ーーそれでも僕は、気を失っているエレンに、こう声を掛けるつもりだ。
“エレン!起きろ!
海を見に行くよ!!”
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