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木に凭れかかり、ケニーは昔の夢を見ていた。
ウーリというかつての友人の夢だ。
ケニーがウーリを襲撃した理由。
それには、アッカーマン家を迫害した王家に恨みを持っていた、なんて最もらしい理由はあったが、今思えばケニーはただ自分よりも強い人間が壁の内側に居ることに興味を持っただけだったのかもしれない。巨人化能力を継承した壁の王、ウーリ・レイス。
ロッド・レイスの弟だ。
圧倒的な強者を前にしたケニーは脆かった。
無様に命乞いを始めた。
それまでの人生で暴力が全てだったケニーは、その支えを失ったのだ。
しかし、その後とったウーリの行動が、ケニーの今後の人生を変える。
ウーリはケニーに頭を下げたのだ。
ーー…あれほどの力を持った王が、下賎を相手に頭を垂れてやがる。
巨人にも度肝を抜かれたが、ケニーはそれ以上に自分の中の何かが大きく揺らいだのを感じた。
ケニーはその場で『力になりたい』と伝え、ウーリはそれに頷いた。こうして王族によるアッカーマン家の迫害は終わった。晴れて青空の下を歩ける…ようになったわけではないが、敵は減り続けるだろう。
そしてケニーは生き別れた妹・クシェルに会うために、地下街へと足を踏み入れた。知っているのは、クシェルは地下街で娼婦として働いているということだけ。何日も地下街を彷徨い歩き、漸く辿り着いた時には、クシェルは寝台の上で眠るように息を引き取っていた。
傍らに、愛想のない死にかけの子供を遺して。痩せ細った身体と獣のようなギラギラとした凶暴な眼。
『お前は…生きてる方か?』
暗闇の中膝を抱え、無言で此方を見上げてくる子供は不気味でへあったが、クシェルの息子だと思うと放ってはおけない。声をかけても反応はないが、ケニーは毅然とした態度で子供に接する。
『おいおい、勘弁してくれよ…わからねぇのか?名前は?』
真正面に立ち、随分と低い所にある子供の顔を見下ろす。屈んで視線を合わせてやることもしない…というか、解らなかったのだ。ケニーが子供を相手に話し掛けるのはこれが初めてのことだったから。
『…リヴァイ』
ぽつりと呟いた声は、カサカサに皹割れていた。
『…ただのリヴァイ』
リヴァイというのが、この子供の名前のようだ。クシェルは息子に姓を教えなかったらしい。アッカーマン家と知られたら、王族による迫害を受けると懸念したのだろう。
『…俺はケニー…ただのケニーだ。クシェルとは…知り合いだった。よろしくな』
そうか…クシェル。そりゃ確かに…
名乗る価値もねぇよな。
ーーー…誰かが此方に近付いてくる気配を感じて、ケニーは重い目蓋を上げる。
そこにあったのは銃を持つ青年の姿だった。
ナイフの握り方、ご近所付き合い、挨拶の仕方。身の振り方と、ナイフの振り方。自分がかつて地下街で生き延びる術を教え込んだ男の成長した姿だった。
「ケニー」
その眼は相変わらず凶暴で、子供の頃から何ら変わっていない。変わったのは、リヴァイは今一人ではないということだ。数歩先に立つリヴァイと、彼の隣で心配そうに此方を見下ろす女とを交互に見やり、ケニーはごほっと血反吐を吐き出した。
「…何だ…お前かよ…」
どうやら、もう永くはないらしい。声を出すのも一苦労だ。
「俺達と戦ってたあんたの仲間は皆潰れちまってるぞ。残ったのはあんただけか?」
「………みてぇだ」
「…………」
礼拝堂が崩れ落ちた時、岩に押し潰されていく部下の姿をこの目で見ている。ケニーは立体機動で脱出に成功し生き延びた。しかし、大火傷に加えてこの出血では、どのみち助からない。
ーー…まさか最期に見る景色が、女連れたリヴァイの姿とはな。
そう思うと笑えてきて、ケニーは口角を上げる。それと同時に激しく咳き込んだ。
「!!」
「あ、」
思わず駆け寄り、傍らに膝をつくシャオを止めることなく、リヴァイは眉を寄せてケニーに問い質す。
「ケニー、知っていることを全て話せ…初代王はなぜ人類の存続を望まない?」
呼吸の荒いケニーを心配そうに見つめ、シャオは彼の肩に手を置いた。その目は虚ろだが、まだ光を失ってはいない。
「…知らねぇよ、だが…俺らアッカーマンが…対立した理由はそれだ…」
ふーっと息を吐き、ケニーは不意にシャオに目をやる。突然鋭い視線を向けられ、驚いたのかシャオの身体はびくりと跳ねた。大きな目は、鏡のように相手の姿を映す。死にかけの自分がそこに映り、ケニーは顔を歪めた。
「…ふっ、別嬪連れてるじゃねぇか…死にかけだった、あのガキがよ…」
力さえあればいい。力さえあれば、少なくとも妹のような最期を迎えることはないだろうから。自分は人の親にはなれないと考え、力だけを徹底的に教え込んだ子供は、成長して自力で地下から這い上がり、調査兵団の兵士長という肩書きを背負う男となっていた。
「……そいつと近く結婚する」
リヴァイがぽつりと呟いた一言に、ケニーは大きく目を見開いた。
こいつは今何と言った?聞き間違いか?
いや、確かに聞いた。この耳で。まだ辛うじて聞こえるこの耳に、リヴァイの低い声はハッキリと届いた。
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