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ソーコが万事屋に泊まりに来たのは、二人が晴れて恋人同士になった日から一ヶ月後のことだった。
いつも通り見廻り中に顔を出したソーコに明日非番だという話を聞くと、銀時は無意識に、泊まりに来い、と誘っていた。
断る理由もなく二つ返事で頷いたソーコが、一旦屯所に帰った頃、神楽と定春に今夜は新八の道場に泊まるよう伝える。
静かになった万事屋で、銀時はテレビもつけずにソーコが来るのを待っていた。
日が落ち辺りが闇に包まれ、かぶき町が賑やかになってきた頃、ソーコは一人でやってきた。
「遅くなっちまいました…あれ、チャイナは?」
急いで来たのか、いつもと雰囲気が違うソーコがそこには居た。風呂上がりらしく、乾ききっていない髪がしっとりと項に張り付いている。
「新八んとこ」
短く答えて、ソーコが手に持っているコンビニ袋を受け取る。
「なんでィ、アイス買ってきてやったのに」
中にはアイスが4つ入っていた。実家通いの新八の分もちゃんと買ってきてくれたようだ。
「お気遣いなくー、オッキー風邪ひくぞ?」
「暑いから大丈夫でさァ」
季節は夏に差し掛かり、夜でも蒸し暑い日が続いていた。無防備な着流し姿で、裸足で万事屋に上がってきたソーコは、夜のせいなのか普段より艶っぽく見える。
銀時は、まだその唇にさえ触れたことがない。
ソーコが顔を出すのは大抵昼間で、神楽や新八も居る事が多く、二人と適当に遊んで帰る。恋人に会いにきたというよりは、友達と遊びにきたと称するのが適切といったようなソーコの態度に、これは忌忌しき事態、と密かに悩んでいたのである。
新八と神楽の分のアイスを冷凍庫にしまい、ソファーに座って大人しくアイスを頬張るソーコは、此方を全く警戒することなく、すらりと細い足を組んだ。
「髪乾かさなくていいの?」
「大丈夫でさァ、放っといたら乾くんで」
女子とは思えない発言に、銀時は吹き出す。
ソーコの隣に腰を下ろして、灯りを反射して光るその金糸に触れた。
指に絡めて髪を鋤いてやる。
細い髪の毛は艶々と銀時の手の中を行き交った。
「…髪伸びたな、オッキー」
胸の上くらいの長さにまでなった、サラサラの真っ直ぐな金糸。以前は肩にかからないくらいで、毛先はぴょんと外側に跳ねていたが、最近は髪が伸びてセットしていないのか、ストレートになっていた。
「邪魔で仕方ねェ…そろそろ切ろうかと」
ソーコはアイスを口にくわえたまま、至近距離の銀時を見上げる。いつもと様子の違う銀時に戸惑い、どうして良いか解らないでいた。
異性にこんなふうに触られるのは慣れていない。
目を逸らし、何か話題を探そうとするソーコに気付き、そうはさせまいと銀時は切り出す。
「銀さんにもアイス、ちょっとくれねー?」
ピタ、と動きを止めて、それなら冷凍庫に、と言いかけた瞬間、手に持っていた食べかけのアイスキャンディを奪われる。
あ。と奪われたアイスをぼんやり見つめていると、銀時の顔が視界を塞いだ。
「んぅ…!」
唇に押し付けられた体温に、ソーコは目を見開いた。床にアイスキャンディが落ちる音が聞こえたが、それどころではない。
目の前に、目を閉じた旦那の顔がある。
自分と凄く近いところにこの人は居る。
それは一瞬のようで、とても長い時間にも思えた。
はぁ、と息を吐き、顔を離した銀時を呆然と見つめる。目が真ん丸だ。大人びてはいるものの、まだ十代の女の子だというのが解る表情だった。
真選組の沖田隊長のこんな間抜けな顔を見ることになるとは、と可笑しくなって銀時は笑う。
この状況で笑える銀時が信じられない、といった風に、ソーコは未だ硬直中である。
余程焦っているのか、肩で息をしているソーコを宥めようと、銀時は優しく頭を撫でてやった。
「どーしたソーコちゃん。ただのキスでしょーが」
「き、ききき……」
キス!?
旦那と!?
確かに恋人同士ではあるが、自分が男性とそんなことをするなんて想像も出来なかったソーコは、混乱して目が回りそうだった。
どうやら、花見で土方と交わした口付けは全く覚えていないらしい。それはそれで銀時は安心したが、同時に不安にもなる。本当に、酔っ払うと誰彼構わずキスを強請るのだろうか。
脳裏にあの花見でのワンシーンが甦り、銀時は笑みを消す。
徐にソーコの頭を引き寄せると、今度は噛み付くように唇を合わせた。
「ん!!」
目を開けてされるがままにされていると、口内に生暖かい感触が入り込んでくる。
旦那の舌だ、と驚いて声を上げようとし口を開けると、空かさずそれはソーコの舌を絡めとってきた。
んん〜…と声を漏らすソーコに構わず、銀時は無我夢中で唇を貪る。
やっと唇を離してソーコの顔色を窺うと、彼女は瞳を閉じて頬を赤らめていた。
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