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池田屋騒動の一週間後。
あれから特に目立った事件もなく、江戸の町は今日も平和だ。市中見廻りも散歩みたいなもんだ、と土方は思う。おまけに、こんなに穏やかな陽気では、仕事中であることも忘れてしまいそうだ。
そういえば、目立った事件と言えなくもないことがひとつだけあった。沖田ソーコの発言である。
『もう顔も見たくねぇや。桂のことは他の隊に回してくだせェ』
あれだけ自分が捕まえると意気込んでいたのに、池田屋騒動の後からすっかり桂のことが苦手になってしまったらしい。
確かに、テロリストのくせにあんな澄んだ瞳で見つめられ、挙げ句歯の浮くような台詞を吐かれては、サディスティック星の姫君も困惑するだろう。恋愛に耐性がないソーコには少し刺激が強すぎたようだ。
それにしても、ソーコのやつは、あれで結構モテるらしい。真選組内では山崎がソーコに気があるのは目に見えて解るし、それ以外の隊士でもちらほら沖田隊長がどうのこうの言っているのを耳にしたことがある。それに加えて桂だ。
まぁ顔だけはいいからな、と土方が溜め息を吐いた時、川を跨ぐ橋の所に人集りが出来ているのが目に入った。
「オイオイ何の騒ぎだ?」
駆け付けてみると、河川敷の砂利の上に誰かが倒れているのが見てとれる。
「女取り合って決闘らしいでさァ」
「女だぁ?くだらねー何処の馬鹿が……」
近づいていく内に倒れている男の姿がはっきり見えてくる。どうやら気を失っているらしく、ぴくりとも動かない。
……待てよ。
おかしい、すごく見覚えがあるぞ?
しかもかなり長いこと行動を共にしている人物のような気が……。
土方は念のため目をごしごし掻いて、何度か瞬きをして、もう一度しっかり見てみるが、悲しいことに結果は変わらずだった。
「近藤局長……」
そこに倒れていたのは、女を取り合ってボコボコにやられたバカヤローは、隊士が全幅の信頼を寄せる真選組局長・近藤勲その人だった。
◇◆◇◆◇◆
噂は瞬く間に広がった。
たまたま休憩時間が被ったソーコにそっくりそのまま伝えてしまったのが間違っていた。彼女は面白がって屯所内をスピーカーでふれ回っていたのだ。
最近大人しくなったと思っていたが、やはりソーコはソーコだった。それに少し安心する自分もいて、土方は余計にむしゃくしゃした。
近藤自身は全く気にしていないようだったが、隊士からの信頼も厚い近藤が見知らぬ侍にやられたとなると、黙っているわけにもいかない。
『白髪の侍へ!!てめぇコノヤローすぐに真選組屯所に出頭してこいコラ!一族根絶やしにすんぞ。真選組』
……こんな貼り紙まで貼られる程だ。
真選組の面子もあるし、何より隊士達が局長の敵をとると殺気立っている。
ここは早めに始末しておかないと後々大変な事になりそうだ。
見つけた貼り紙をビリビリと剥がしながら、山崎が掴んできた『白髪の侍』という情報を頼りに捜索を開始した。
「土方さんは二言目には『斬る』で困りまさァ。古来暗殺で大事を成した人はいませんぜ」
隣でつまらなそうに貼り紙を剥がすソーコ。ふれ回った罰として非番ナシ、土方と共に敵討ちとなっては、不貞腐れるのは仕方がない。
「暗殺じゃねぇ、堂々と行って斬ってくる」
「そこまでせんでも。適当に白髪頭の侍見繕って連れ帰りゃ隊士達も納得しますぜ」
面倒臭がって適当なことを言い出すソーコに呆れながらも、一体何枚あるのか解らない貼り紙を剥がしていく。敵討ちの筈が、これでは貼り紙剥がしが仕事になったようで面白くない。
辺りを見回してみても、いつもの平和な江戸の町が映るだけだ。
お互い特に無駄話をする相手でもなく、二人とも無言のままビリビリという音だけが響いた。
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