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市中見廻りを任されているだけあって、江戸の町の地理は把握していた。ターミナル周辺の雑居ビルで現在使われていないもの、その中でも一際高いもの…それを頭に浮かべながら、ソーコは人通りが少なくなった道を迷いなく進む。

真夜中でも煌々と灯りが点いているターミナルは、その周辺をまるで白夜のように照らす。


暫く歩くと全く人気のない道に出た。
幽霊でも出そうな廃ビルには「立ち入り禁止」のチェーンが張ってあったが、そんなものは無視してソーコは鎖を飛び越えた。

ビル内は暗くひんやりとしており、今にもどこかからゾンビが飛び出してきそうな雰囲気だが、ソーコは顔色ひとつ変えずにさくさくと進む。

奥に階段を見つけると、錆びだらけの鉄筋の階段をカンカンと音を立てながら登った。
幾多の死線を乗り越えてきただけあって、肝が据わっている。

呼吸を乱すことなく最上階まで登ると、窓からは江戸の町が一望出来る。眼下には美しい夜景が広がっているが、今回の目的は地上ではない。
空に浮かぶ大輪の花だ。
花火はまだ始まっておらず、暗い空には星が瞬いていた。


ソーコは手摺に寄っ掛かり、頬杖をついてぼうっと空を見上げる。



その時、僅かに甘い匂いが鼻を擽った。



くん、と一度嗅いだ瞬間、それが毒だと気付き、咄嗟に息を止めたがもう遅い。ほんの少しだが毒を吸ってしまったおかげで、手足が痺れ出した。


「くっ…」


ガクッと膝をつき、悔しさで眉をしかめる。
それでも神経を尖らせて周囲の気配を探ると、背後から誰かがゆっくり近づいてくるのが解った。

会場からここまで来るまで、ずっとつけられていたというのか。全く気付かなかった。


「暫く見ねぇうちに随分派手なアタマになったじゃねぇか」


聞いたことのない声に囁かれると同時に頭をガシッと引っ掴まれ、今にも崩れ落ちそうな身体を無理矢理起こされる。振り返る先にある顔を思いっきり睨んでやろうと目をつり上がらせていたが、そこにあった予想外の顔にソーコは目を見開いた。


片目を包帯で覆われた、人相の悪い黒髪の男。
真選組に属しているソーコが知らない筈がない、過激派攘夷浪士。


「なんでアンタが…こんなとこに居るんでィ?」


今朝の会議で、何処かに高杉が潜んでいるかもしれないという話は聞いていた。標的は将軍に決まっている。もし現れるなら祭り会場だと思っていた。サボリ目的で此処に来たのも間違いないが、もし事件が起こった際、速やかに戦況を把握できる場所に居るのも目的であった。
だがしかし、当の高杉晋助は今、目の前にいる。
不敵な笑みを浮かべて。


「あたい一人狙って、大将が動くたぁ…こりゃあ参った」


身体は怠さを訴えてくるが弱味を見せるわけにはいかない。ソーコも無理矢理笑みをつくって敵の眼光と向かい合った。
今刀を抜かれれば確実に負ける。
負ける、イコール、死だ。
こんな状況でも笑っている自分もやはり頭がいかれているのだろう、とソーコは自嘲した。



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