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思いの外任務が長引き、夜勤明けの山崎が屯所に戻ったのは昼過ぎであった。
日も高くじりじりとした暑さの中、やっと風呂に入って眠れる、と安堵の溜め息を吐き、大浴場の戸を開けた時、そこに映った光景に一瞬息が止まった。



「なんでィ、風呂は掃除中でさァ」


いつもの調子のソーコがブラシを持ってせっせと掃除に励んでいた。


何故!?

と、突っ込みたかったが疲弊した頭では何も考えられない。



「…ソーコちゃん非番?」



「あァ、暇なんで掃除してんでィ」



ゴシゴシ、と音を立てながら勢いよくブラシをかけるソーコを見て、風呂に入りたいなんて口が裂けても言えない。



「…髪切ったんだ、ソーコちゃん」


「へぇ、終兄さんに切ってもらったんでさァ」


ちょー可愛い。と今なら言える気がしたが、やはり言えずに終わった。



「でも、珍しいね。ソーコちゃんが非番の日に屯所に居るなんて…」


最近のソーコは非番となったら専ら万事屋に入り浸っていたのに、今日は午前中から屯所に居るらしい。昨日、万事屋に泊まりに行くと言っていたので、今日も帰りが遅くなると思い、今までソーコの相手を請け負っていた身としては何だか寂しかったのだが。
山崎の何気ない一言にピクリと反応し、ソーコはじっとりと黒い瞳を向ける。

何かあったんだな。

分りやすい彼女の仕草に山崎は苦笑する。


ソーコの予想した通り、夜勤明けの山崎は真っ先に大浴場にやって来た。暫く脱衣場で待機していたが一向にやって来ないので、暇を持て余し掃除をし出したのである。
要するに山崎を待っていた。

心が晴れない時は気の合う仲間に愚痴を溢すのが一番、といつか近藤さんが言っていた気がする。
終兄さんでは毒を一方的に吐き出して終わりそうなので止めた。


とりあえずシャワーだけ浴びさせて、という山崎に洗い終わったほんの一畳くらいのスペースを指差し、ソーコは脱衣場へ引っ込んだ。



二人が向かったのは昼下がりの駄菓子屋。
川沿いにあるこの店は涼むには最適、とホームランバーをくわえたままソーコはベンチに寝そべった。山崎も隣のベンチに腰かける。
こうして二人でゆっくり過ごすのは久しぶりだったので、身体は疲れているが山崎は嬉しかった。


「それで、旦那と何があったの?」


余程言いずらいことなのか、川を見つめたまま何も言い出さないソーコの背を軽く押してやると、視線は変わらずきらきら光る水面に向け、ソーコは単刀直入に言い放つ。



「旦那に隠し子がいたんでィ」


ぶっ!とホームランバーが口の中から飛んでいく。
余りにヘビーな内容過ぎて受け止め切れなかった。

汚ねえ、と呟くソーコの横顔は上の空で、彼女が受けたショックの大きさが分かる。

もう一度冷静に頭の中で解釈して、山崎は軽く咳ばらいをしてから、身体ごとソーコに向けた。


「本当なの?それは」


「…わかんねぇ」


食べ終えたホームランバーの棒を口から出し、何も書かれていないのを確認してから、ソーコはごみ箱にぽいっと投げ入れた。こんなに落ち込んでいては、当たり棒を偽造する気にもなれない。



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