「エンッ、エン!」
「う…レッド?あれあたし――」
「野性のバンギラスに襲われたんだ、ここはポケモンセンター」
「いきなり殴られてその後覚えてないや……」
「フシギバナが助けてくれた」
「そっかぁ……あとでお礼言わなくちゃね」
「ごめん、ごめんエン」
「どうしてレッドが謝るの?」
「だってオレが目を離したせいだ」
「ううんこれはあたしの注意力が足りなかっただけ。
レッドは何も悪くない」
「でも、」
「あー!それ以上言うと怒るから!
あたしのミス、ウォッチャーとしての自覚が足りないって思い知らされたからいいの」
「……」
これは事実だから、レッドは何も悪くない。
でも彼は自分が悪いのだと思いこんでしまうだろう。
バンギラスに襲われたのもあたしが気を抜いていたから、もし周りを注意していたらフシギバナに助けを求めることもできた。
そう告げると、レッドはいきなりあたしを抱きしめた。
唐突な行動にあたしは目を丸くする。
力強く、少し息苦しいがレッドは離してくれそうにないのでそのままの体勢でいることを余儀なくされた。
「レ、レッド?」
「よかった……心配した」
「うん、ごめんね。でももう大丈夫だよ」
思い出した。
確か小さい頃かくれんぼをしていてうっかり草むらに入ってしまったことがあった。
そしたら野生のコラッタに縄張りを奪おうとしたするように勘違いされたのか攻撃され、気付いたら病院のベッドの上にいて。
その時横にいたレッドがあたしを今と同じように抱きしめたんだ、「ごめん」と何回も呟きながら。
あたしは怖くて大泣きして、レッドの服をぐしゃぐしゃにしてんだっけ。
それからレッドはあたしの側にずっといてくれた。
あたしの方が誕生日が遅くて、レッドの方が先に旅立てたのに待っててくれた。
あの日からレッドにあたしが枷をつけてしまっていたんだ。
もうレッドに心配をかけたくない、その一心でトレーナーではなくウォッチャーになり、旅先でレッドを見かけたけど極力関わらないようにした。
「もう一人でも大丈夫だよ」ってレッドに伝えたかったの。
でもこうしてまたレッドに迷惑掛けちゃったから、しばらくレッドの過保護から逃れられないかも、ね。
そっとレッドの背中に腕を伸ばすと、細いくせにたくましく感じた。
(それでも短いから背骨も触れないけど)
ああ、やっぱりレッドも男の子なんだ、な……
「う、あ……?」
「エン?」
「あたし、なんだか変……うわっ!!」
急に体に感じ違和感の直後、煙があたしを覆う。
次第に晴れていく煙のその先にレッドの顔が覗いた。
……ん?同じ目線?
バッと無意識に両の手を見ると、小さな黄色い手ではなかった。
「あたし戻れたんだ……!レッド、あたし――…」
「………!」
戻ったよ、と言う前にレッドは勢いよくあたしに背を向ける。
なんだあたしの顔が見たくないっていうのか?
不思議に思うあたしだが、次の言葉で理由が分かった。
「エン……服!」
服、ね……服は確かピカチュウになった時体が小さくなって脱げちゃったからリリーさんにカバンの中にいれてもらったんだよね。
それでそのカバンはグリーンに手持ちと一緒に預けている。
ピカチュウの時はポケモンに服なんて意識はないから当然着ていないわけで。
そして人間に戻ったあたしは………!
「いっやああああああああああ!!」
「体は痛まない?そう、ならしばらくは安静にしてくださいね。
あのピカチュウがあなただったなんて驚いたわ」
「すすみません…」
「じゃあ静かに休んでいてください」
「ありがとうございますジョーイさん」
さすが白衣の天使ジョーイさん。
あたしの悲鳴に駆け付けてきてくれて、あれよあれよのうちにレッドは追い出されて手早く用意された服に着替える。
ちなみにレッドはあたしの荷物を取りに行ってくれているらしい。
うー…レッドに裸見られちゃったよお……恥ずかしい。
いくらお風呂に一緒に入ったことがあるとはいえ、お互い敏感なお年頃だ。
穴があったら入りたい、むしろディグダのあなに行きたい。
レッドに会いたいような会いたくないような変なカンジ。
……やっぱり会いたくないかも。
顔を合わせずらいというか、気まずいというか……もんもんと悩んでいたら扉をノックされて、向こうから「入っていいか」のレッドの声が。
つい反射的に返事をしてしまい、あたしの荷物を抱えたレッドが病室に入ってきた。
レッドと目が合わせられないよ………!
「調子はどう?」
「まっまだちょっと痛むけど平気」
「そうか。エンこれ」
彼が差し出してくれたリュックのポケットから飛び出す光。
光は小さな姿となってあたしのベッドに降り立った。
「ピカピ!!」
「ピカチュウ!ごめんね心配かけて、もう離れないからね」
「ピカァ」
あたしの胸に飛び込んで頬を擦り寄せるピカチュウはいつも見ていた姿なのに懐かしくて、思いっきり抱き締めた。
そうだ、レッドだけじゃないこの子たちにも迷惑かけていたんだ。
しばらくは今まで以上に構い倒そう。
「……グリーンが顔見たいから連絡しろって。
それからピカチュウくっつきすぎ…」
ひょいと奪われたピカチュウはレッドの腕の中に。
どこかムスッとしている彼、ピカチュウに嫉妬でもしたのだろうか。
そんなにピカチュウが大好きなのかな、レッドもピカチュウ持ってるし。
そんなことばっかり考えてすっかり電話のことを忘れかける。
歩くだけなら構わないかも……レッドに支えてもらいながらテレビ電話の所まで歩く。
ピカチュウはちゃんとボールの中に戻した。
その前にあれを渡そう、今渡さないと多分忘れてしまうから。
ずっと枕の下に隠していたもの、ジョーイさんに預かってもらっていたもの。
後ろ手からおずおずとレッドに差し出した。