季節は秋、この町も金色や茜色がちらほら見られ始めた。
この間まで煩わしかった蝉の鳴き声も収まり、趣きある静かな町へと戻った。
夏の間涼しいからとよくジムに足を運んでいたマヨだったが、近頃は姿をあまり見ない。
理由は知っている。
彼女は近々、婚約者の元へ嫁いでしまうから。
マヨは裕福な、いわゆるお金持ちの家に生まれた一人娘。
小さい頃から教育を受け、舞踏や作法からポケモンの知識まで否の打ち所がない。
唯一彼女ができないことといえばポケモンバトルだ。
女として慎みやかにあれ。
……つまり女であるならばポケモンバトルなどという野蛮なことはするな、という意味らしい。
語ってくれた時のマヨの横顔はとても寂しそうだった。
ポケモンの知識があっても、それを活用できる機会がない。
文武両道とアピールするがゆえの教育であって、それ以上でも以下でもなく。
マヨと初めて会ったとき、彼女は興味深そうにボクのゴースをまじまじと見つめていた。


「君見ない顔だね、この町は初めて?」

「いいえ、生まれも育ちもエンジュシティでございます。
それよりそのポケモンはゴースですか」

「うん。君はゴースが怖くないの?」

「そんな感情ございません。初めて見ましたので気になったたけですの」

「へえ…よく女の子とかゴーストタイプのポケモンを見ると怖がっちゃうから。
名前を聞いてもいいかい」

「御名はマヨと申します。貴方は?」

「僕の名前はマツバだよ」


それがマヨと交わした初めての会話だった。
綺麗な敬語を使うので、戸惑ったことも懐かしい。
敬語を止めてほしいと頼んだとき「これは癖なので止められませんの」と言われたこともある。
バトルをしたことがないマヨは、僕の父親のジム戦を見て目をキラキラさせていた。
それからよくお忍びでジムに来ては公式戦を見学していった。
当時の僕はジムリーダーではなく修道者の身であったため、たびたびジムを留守にした。
一度、1週間という初めて長い期間修行で山に籠もったことがある。
「マヨ寂しそうにしてるかな?」なんて考えながら(少し淡い期待をして)町に戻ると、マヨは笑っていた。
どこか影を浮かべながら。
気になったけど、彼女の家の問題なら僕が口を挟んでも仕方ないことで。
マヨから言い出すのを待っていた。


それから四日後、彼女は静かに予想外の言葉を口にする。

「私、婚約者ができましたの」

聞いた瞬間衝撃で何も言えなくなる。
頭の中が真っ白になって、ひとつ浮かんだ「なぜ?」の言葉。
話を聞くと政略結婚だと言う。
あと幾つか歳を重ねたら、遠いシンオウ地方まで行ってしまうと。
シンオウ地方なんて空を飛ぶで行くには遠すぎる。
多分僕はジムリーダーを継ぐから、そうなったら一生マヨには会えない。
彼女を説得したけどダメだった。

「私だってずっとこの町にいたい、です……!」


そんな悲痛な叫びを聞いてしまったら止められなくなった。
その言葉の裏にあるのは不安に織り混ぜられた、彼女の決意。
もし僕がずっと彼女の側にいたなら、こんなことは起きなかっただろうか。
いや、多分彼女は優しいから黙っているかもしれないな。
ぽとり、涙を零し俯くマヨを抱き締めながら独り言を呟いたら、いっそう彼女は僕の胸に顔を埋めて泣いた。




「好きだよ」


(――…私もです)
(何て聞こえたのは気のせいか)
(抱きしめようとした腕は)
(触れることはなくて)

(ただ拳を握るだけだった)





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