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元の世界に戻る話




「いま、なんて……?」

唐突に彼女の口から発せられた一言に思わずオレはそう呟いた。
当の本人であるまよは依然として笑みを浮かべたまま、まっすぐオレを射抜く。
意味を咀嚼し切れていない(あるいは理解できない)戸惑うオレに、まよはもう一度何の抑揚もない声で繰り返す。


「私、もう長くないの」


彼女は視線を落とし、俯きながらオレに言い聞かすみたいに呟かれた言葉は、非現実すぎて誰にも理解できないと思う。
別にまよは重い病気を患っているわけではない。至って普通の健康体である。
――ただ一点を除いて、まよはどこにでもいるありふれた女の子だと思う。
まさか実は体が弱くて、今生きていることが奇跡、とかいうわけじゃないよな…?
言葉の意味を必死に探し当てようとするオレに、まよは表情を変えた。
と言っても、苦笑いに変わった気がするだけという話なんだけど。(要するに勘だ)

「あなただって薄々は気付いていたんじゃないの…?」なんて、胸に抱えるわだかまりが彼女にはお見通しなんじゃないかと思えて仕方ない。


「な、に言ってるんだよ……消えるってどんな冗談のつもりで、」

「私気付いたの、もうここにいられる時間は長くないって。
区切りが良かったから、そろそろ潮時なんじゃないかって考えてたんだ。
そしたら最近体が透けるようになってきてね…左手はほぼ感覚がないの」

「!それ、は……」

「いいの、ここでやれることは全て出来たから。満足はしてる」

「でも!まよはいなくなるんだろ!?
オレ嫌だよ……また旅を続けるって言ったじゃないか」

「……ごめん」


違う、オレが欲しいのはそんな言葉じゃない。
どうして肯定してくれないんだ。
いやだ、離れたくない……まだ一緒にいたい。
オレはまだまよのことをよく知らないんだ。
同じように博士から貰ったフシギダネを大切にしていること。
料理は苦手だけど、他の家事は得意なこと。
好きな食べ物とかそんな些細なことしか知らない。
もっともっとまよのことが知りたい。
ずっと一緒に旅を続けて、色んな事を共有したい。
まだこの気持ちも伝えてないのに……


「…どうにか、ならないのか…?
もう少しここにいることは出来ないのか…なあ、」

「……私にはどうすることもできない。きっと神様だけだよ」

「っまよはそんなに元の世界へ帰りたいのかよ!?」

「――みんなが、レッドが待ってる。だから帰らなきゃ」

「!」


「レッド」、オレと同じ名前で赤い服を着た無口な少年。
まよの幼馴染、そして彼女が好きな人。
異なる世界の同じ時間から来た彼女の回りには、「レッド」がいてグリーンもオ―キド博士もいる一種のパラレルワールド。
まよはオレと同じように「レッド」と一緒に旅をして、ジムバッジを集めていた。
ロケット団の事件に巻き込まれたり、リーグに出場して優勝するところまで一緒。
言うならば、パラレルワールドに存在するもう1人のオレ。
でもオレは「レッド」のことが大嫌いだった。
だって「レッド」はまよを苦しめてるだけじゃないか。
今はどこにいるかも分からず、生きてることさえ窺わしいという。

――まよがあいつに向ける感情がなによりも妬ましく、羨ましかった。

オレだって「レッド」だよ。
あいつとは違う、まよを苦しめることも泣かせることもしない。
君に、人知れず涙を零させるようなことはしない。
オレがこの世界の誰よりも、まよのことを知っているんだ。
「レッド」なんかにまよを奪わせない。

目の前で俯く彼女が今にも消えてしまいそうなほど儚げで、見ていられなくなったオレは彼女を強く抱きしめた。
逃がすもんか、手放してたまるもんか……!
オレはもっと…ずっとまよと一緒に旅をしたい。彼女のそばにいたい。
抱きしめた体はとても温かく、彼女はまだここに存在してるんだと示している。


「レッド……」


彼女はオレの名前を呼んだ。
オレの名前を呟き、話しかけてくれるその声が何よりも愛おしい。
けれど今だけは耳を塞いで拒絶してしまいたかった。
そんな悲しげにオレの名前を呼ばないで、いつものように明るい声で笑ってくれよ。
オレはただ、彼女を強く抱きしめることしかできない。
まよは恐る恐るオレの背中に腕を回す。

両腕で抱きしめられているはずなのに、右腕しか感じられなくて泣きそうになった。




真実は残酷だ

(いっそ君と出会わなければよかったなんて)
(嘘でも言えなかった)

(まよと出会えて嬉しかったのは本当だから)




タイトルとサブタイはとある曲からお借りしました。




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