友人帳パロ ルビー→夏目 先生→ヒロイン
「キミって本当につくづく変わっているよねえ…」
今日出された宿題と向かい合っていたルビーのうしろで退屈を持て余した彼女の言葉に、ルビーは手を休めることなく彼女の呟きに言葉を返した。
「唐突だね。…ていうか宿題の邪魔をしないでくれないかな」 「だって私がこんなにも手持無沙汰なのに君は沈黙を閉ざしたままだ。騒ぎたくもなる」 「幾ら他の人に声が聞こえないとはいえ、そんなことをしたら即行追い出すよ」 「私を閉じ込めたのは君のくせに……」
若干恨みがましい彼女の反論を無視して、ルビーは話題を切り替えるように最初の内容に話を戻した。
「で?…ボクのどこが変わっているんだい」 「……君は妖との過剰な関わりは避けるくせに、私なんかを捕まえて一体どうする気だ? いくら私がそこらのちんけな妖よりも強いからとはいえ、神ではないんだぞ」 「キミとは正々堂々勝負をした上で、契りを交わし名を預かっただろ。 …ボクを守ってもらう以外にどうこうする気はないよ。 ボクは祖母が集めた妖の名を返すだけだ」 「その返すという行為と、私の名を奪うという行為は矛盾してるのではないのかね?」 「全ての名を返し終わるまで、これを狙うやつらから守ってほしいとの契約だっただろ。 ボクは祖母と違って君を半永久的に縛るつもりはないさ」 「どうだか……人間は嘘つきで愚かだ。いざというときはお前を喰ってやる」 「できるものならやってごらんよ」
けれどできないだろ?そう言ってルビーはひらひらと長方形の紙を束ねた冊子を見せつけるように振りかざした。 ルビーの持つ冊子、それは妖の真名を綴った友人帳。 自分の名前を縛られたものはそのものの言いなりになり、逆らうことは許されない。 名前を返すことができるのも、ルビーのみ。 ルビーには物心ついた頃から人には見えない存在、妖なるものが見えていた。 けれど見えない周りの人間は、彼を笑うか恐れた。 いきなり何もないところで幽霊が現れた、だの叫ぶのだから無理もないかもしれない。 誰にも信じてもらえず、ルビーはいつしか主張するのを止めた。 いくら言ったところで伝わるはずもない、その瞬間ルビーは理解し合うことを放棄した。 それからは見えぬふりをして、少しずつ成長していった。 そしてある日押入れから、友人帳という妖にとって脅威の塊でしかないものを見つけた。 けれど妖を操るという特異な冊子を我が物に、また名を綴られている妖は名を取り戻そうと躍起になり様々な妖に襲われるようになった。 格闘技を習っていたわけでもなく、ごく普通の人であるルビーは途方に暮れた。 そんな矢先出会った妖が彼女、まよだった。 強くて美しく、この辺りの妖ならば敵うものはない位の妖だった。
「あら、お前あの人間にとてもよく似ているわね」 もしや――の身内か何かかしら?
ボクのよく似ていると彼女の呼んだその名は、今は亡き祖母のもの。 ひらりと着物の端を翻し、冷ややかな笑みを口元に湛えながら、さすがの自分でも太刀打ちできないであろう存在を前に恐怖で体を震わすボクを静かに見下ろす。 これまで数多の妖に出会い、何とか切り抜けてきたが今度ばかりはダメだと本気で思った。 絶対的強者による捕食――さながら自分が猛獣の前に差し出された獲物のようだった。 いや、仮に彼女が弱くとも女性に手を出せるわけないのだけれど。
「人間。黙ってないで何か言うがよい」 「……あ、あなたの知るその人は、今は亡きボクの祖母です…」 「――そう。あの人間は死んだの…人間は儚いものよ……」 「その、ボクの祖母を知っているんですか?」 「なに、昔ちょっとな… 殺しても死なぬと思っていたが……まあ孫まで…」 「失礼ですが、祖母とは一体どういった関係なんですか…?」 「大したことはない、ただの茶飲み友達だ」
…思い出す、妖の彼女からすればつい最近の出来事。 山桜の咲き乱れる枝に腰かけ、春の訪れを1人嗜んでいたとき現れた一人の人間のおなご。
あらこんにちは、綺麗な桜ね。 人間、私の姿が見えるのか。 立派な桜…この下で花見をすればさぞ素敵でしょうね。 そうだな。酒でもあれば格別だ。 お酒はないけれど下のお饅頭屋で買った菓子があるわ。あなたもよければどう? ふむならいただこう。しかし私が怖くないのか。 あなたは綺麗な妖ね、ちっとも怖くなんかないわ。 面白い人間だ、お前のような人間は初めて見たよ。 ねえ、お饅頭をあげたのだから私と勝負しましょう? 人間が私と?勝てると思っているのか? ええもちろん。私が勝ったらあなたの名前をちょうだい? 私の名?一体そんなものどうするというんだ。 私はあなたと友達になりたいの。 妖の私と友達?…ふはは面白いことを言う!しかし私の名はやれんな。 あら私に負けるのが怖いのかしら。 いいや?私とお前はすでに人間で言う茶飲み友達、というやつではないのか? …変な妖。私のことを友達と言うなんて。 妖を友達と言うお前の方が酔狂だろう。しかし私はお前が気に入った、名はやれぬがいつでも来るがよい今度はお茶菓子を用意しておこう。 まあ嬉しい。あなた名前は何というの? まよという。人間、お前の名は? 私は……
「……まよ、まよ?」 「…ああ、なんだルビー」 「どうしたじゃないよ、いきなり黙るからビックリしたじゃないか」 「ふふ…ちょっと昔を思い出していたのだ。 出会ったばかりのお前はひ弱で可愛げがあったのに…あの頃のお前はどこにいったのやら…」 「ひ弱でかわいいって……そんなことを思ってたのかい?」 「私からすればどの人間もか弱い哀れな生き物に大差ないわ。 ほら、しゅくだいというものはどうした?手が止まっておるぞ」 「邪魔したのは君じゃないか……たく」 「がっこうというものは大変だなルビー」 「分かってるなら邪魔しないくれないか。いつまで経っても終わらないんだから…」 「しょうがないのう」
呆れながら再び机に噛り付く出会った頃よりも大きくなった背中に視線を這わせた。 初めてルビーと出会ったのは今から1、2年ほど前のこと。 大きくなるにつれて、どんどん彼の祖母に近づいていく容姿。…まあ中身はまったく違うけれど。 今でも鮮明に思い出せる…桜の下で共に宴を催したこと、時折他の人間に石を投げられ、しかし私の前ではいつもの変わらぬ顔を見せた強がりで、でも本当は寂しさを抱えていた彼女。 ……あれから数十年しか経っていないというのに、本当に人間というものは儚い生き物よな。 ルビーもこのまま彼女の面影を濃くしていくのだろうか…… 進んで妖怪に関わっていく奇特なところは同じだからな、しかし物好きな人間もいるものだ。 妖が見えるのなら、無視すればよいものを…未だに人間というものが理解できない。
「キミは妖怪か?――なんて美しいんだろう」
妖怪である私に、普通の人間から美しいと言われるなんて初めての経験だった。 「ボクが今成し遂げることを終わらせるまで、名を預けてくれないかい?」
私をまっすぐ見上げるその眼差しに、どこかで見たような…懐かしさを感じた。 だから私は柄にもなくルビーの言葉を呑んでしまったのだ。 今思えばそれは彼女の面影を重なったからなんだろうが。 妖怪の名を書き連ねた友人帳はまだまだ厚みがある。 こんな調子じゃ私が解放されるのはいつのことやら…… でも私を含めて妖怪というものは極めて長命だ、死ぬという概念はほとんど存在しない。 私だっていつまで生きられるのか自分でも分からぬくらい先の話だ。 何百年も生きるであろう私が、たった一人の人間の生きざまを看取るなど手に取るほどのことでもないからな。 しょうがないからまだルビー少年に付き合ってやるか。 暇を持て余すより、よっぽどいい暇つぶしだ。
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