彼の眠る水晶に触れ、涙を零している間にも樹の崩壊は進んでいく。
いつまでも悲しんでるわけにはいかない、そんなこと自分が一番よく分かってる。
ミュウを早く助けないと樹はどんどん崩れていくし、この国は世界のはじまりの樹に守られているからこの国だってどうなってしまうかも分からない。
お姉様とアーロンが守り今日まで繋いでくれたこの国を失ったりは絶対にしたくない…!
この体に流れる血は君主足るもの……私は女王陛下リーンの妹、元第二王位継承者内親王リース。
アーロンだっていつまでも私が泣いてばかりいるのを望むわけない…!

覚悟を決めた途端、決意に満ちたこの体は不思議なくらい軽く感じた。
衝撃の真実に打ちひしがれ、ピクリとも動かなかった私の足に力を込めてゆっくり立ち上がる。
震える手のひらをギュッと握りしめるように抑え込み、濡れた頬を必死に拭った。
まだ少し目元が腫れているかもしれないがそこは見逃がしてほしい。
隣ではミュウは動くのも億劫であろう体を動かし、ルカリオへさっきのアーロンのように自分へ波動の力を送ってほしいと頼んでいた。


「よし、私が…」
「待ってルカリオ!ここで波動の力を使うということは、アーロンと同じ運命を辿るということなのよ…!」
「……分かっている」
「ルカリオ…」


ここで波動の力を使えばどうなるのか…そんなのキッドさんが言わなくても皆分かっている。
膨大な、それこそ限界を超える波動を放出したらアーロンと同じ道を辿ることは必須……でもそれは一人での話。


「――私もやります」
「!リース!?」
「生まれた時間の流れが違うとはいえ、私はこの国の王族…お姉様とアーロンが守ってくれたこの国を守りたいんです。
それに私だって少しは波動の力を使えます。二人でやれば負担もきっと少なくなるはず…例え少しの可能性だとしても、私はそれに縋りたい…!」
「リース、さま……」


「さあいくわよルカリオ」
「っはい!」

「波動は、我にあり…っ!」
「はああああー……っ!」


今までろくに波動の力を使ったことも、練習だって行ったことのない私だけど、でも、私だって少しだけどアーロンに教えてもらったんだから。
あの二人で一緒に練習した時のことをよく思い出せば……
けれど頭で考えた通りに体は動いてはくれなかった。
前の時のように、アーロンの手袋といった補助的な道具がない私が、波動の力をうまく扱えるはずもなく。
ほとんどルカリオだけの力でミュウの周りに展開するように波動は放出されたが、ほどなくして萎み消えてしまった。


「二人の波動を持ってしても足りない…」
「私がもっと練習しておけば……いや、アーロンの手袋を使えばあるいは…!」


可能性がもう一度賭けたい…いや、なくたって何度でも私は諦めない。
お願いアーロン…私に力を貸して……!そんな縋る思いで彼の側に駆け寄り、見慣れた青い手袋に手を延ばした。


「待ってくれリース」
「…サトシ?」
「これ…オレが貸りてもいいかな」
「でも、サトシは波動を使ったことなんて…それにこれはすごく危険なことなのよ…
サトシにやらせるわけにはいかないわ」
「オレだってリースやルカリオを、オレ達を助けてくれたミュウを助けたいんだ。
危険なことは分かってる。でも三人でやればアーロンと同じ道を辿らずに済むかもだろ?
オレの波動はアーロンと同じはずなんだろ?きっとオレにもできるはずさ」
「それは…そうかもしれないけど……」


貸してと私の手から手袋を奪ったサトシは、それを身にまとい両手をミュウに翳して神経を集中させる。
すると数分もしないうちに両の手から小さな波動弾が生まれ、それは少しずつ大きくなっていった。
なんという才能、センスなんだろう……
私だって初めて波動の力を使った時、こんなにすんなりとはいってくれなかった。
アーロンに手ほどきしてもらって初めて……
――やはりサトシはアーロンの生まれ変わり、なんだろうか。
波動も指紋と同じで、使う者によって微妙に質が変わる。
アーロンと同じということは、即ちそういうことなんだろう。
そう、彼も遠い昔に亡くなってしまったのだから……

さっき私の目の前で最後を迎えた、その瞬間を私は…




「駄目よサトシ!そんなことをしたらあなたまで…!」
「今やらなきゃ…この樹が崩れて地下のポケモンもみんな死んじゃう…!」
「サトシ……」
「オレが、オレがやるんだ……っ!」


必死に頑張るサトシの姿を見て、反対する声を上げる者はもはや誰もいなかった。
無理、とか危ない、とか掛ける言葉はたくさん浮かんだけど、何一つ声になることなく呑み込んだ息と共に消えていった。
気が付いたら、私もルカリオもサトシと同じように両の手の平をミュウに翳していた。
アーロン……お願い私を、サトシとルカリオを助けて…!
チャリ、と胸元で揺れたそれを握りしめ、ミュウへ向ける。
以前アーロンが私にくれた唯一の物。
もしかしたら一生使わないかもしれない、使わない未来が訪れてほしい。
そう呟きながらアーロンが私にくれた大切な、透き通る綺麗な石。
この石はこの辺りでよく見かける鉱石を加工したものだと言っていた。
城近辺にある鉱石は、非常に波動の力が伝導しやすいと。
他の地域ではめったに見られない時間の花が、城近くにたくさん咲いていることも含めて、おそらくは世界のはじまりの樹の影響でしょう。と彼は言っていた。
アーロンの手袋に填められている石は、時間の花やその鉱石よりも非常に貴重なもので昔から波動使いの間で守り石と呼ばれ重宝されてきたものだという。
それに比べると私のなんて、ただのお守り…気休め程度の石でしかないけど、護身用に持つなら丁度良い。とアーロンが私にくれたネックレス。
一縷の望みを賭けて翳したネックレスは私の波動を受けて青色に鈍く光り、それに呼応するかのように波動の力が体を廻る感覚が私を襲った。
何もなかった先ほどよりも何倍も、いや何十倍もの力がミュウを包み込む。
これなら…いける、きっとミュウを助けられる……!

しかし膨大な放出と共に、ピリとした電撃のような感覚が私の腕を走った。
…これがおそらく波動の力を使い過ぎている反動なのだろう。
最初は何も感じなかったが時間が経つにつれて、痺れはどんどん大きくなっていく。
でも、それでも構わなかった。
私が無茶して、みんな助かるのなら私なんて消えても構わないと。
そんなことを本気で考えていた。
……多分それを他の人、特にサトシとルカリオに知られたら激怒し力ずくにでも止められていただろう。
けれど私は王女、この国を守る義務がある。――例え私の産まれた時代と時の流れが違うとしても。
私の愛する国は、この国一つだけなのだから…!





思えば私は、目覚めてから一人きりという疎外感を抱えているうちにそんなことを考えるようになっていった。


――私なんて本来存在するべき人間じゃない、どうせ元の時代に戻る術がないのなら…これ以上の孤独を知ってしまう前に死んでしまえばいい、と――






三人分の波動の力はどんどんミュウを包み込み、大きくなっていく。
これならあと少しでミュウを助けられるはず…!
そう思っていた時だった。


「うわ!」


短く、でも少し大きいサトシの声が隣で聞こえた。









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