「くそっ…逃げろリース!このままじゃお前も捕まっちまう!」

「やだ…やだやだ!二人を置いてなんかいけない!!」

「なにしてるの!早く逃げなさい!!」

「あ…やっ……」


この樹の守護者に呑み込まれ、もがき苦しむサトシの姿を見てリースは身動きが取れなかった。
取れなかった、というよりも思考がいっぱいになり「逃げる」という行為すら浮かばなかった、というのが正しいのかもしれない。
必死に足掻き、それでも逆らえない圧倒的な力。
その光景にリースはある記憶を重ね合わせていた。
さきほどこの樹の直前で目の当りにした、ルカリオが封印される光景。数百年眠り続けた自分。
それらがサトシとキッドの様子と重なって見えていた。

――また自分は置いて行かれるの?
――そんなのは嫌だ、また一人ぼっちになるなんて……

目覚めたとき、自分を知る人のいない恐怖はきっとリース以外には理解できない感情だろう。
ルカリオは唯一リース本人を知っている存在だったけれど、同じではない。
ルカリオが目覚めたとき、リースが傍にいた。
けれどリースが目覚めたとき彼女を知るものは1人もいなかった。
初めて自分が目覚めたときの風景は今でも目に焼き付いている。
おぼろげな視界に入ってきたのは、驚きと好奇心そして少しの恐怖心が織り交ざったいくつもの視線。
あのたくさんの…それも見知らぬ他人の奇怪なものを見る視線に囲まれたときの心情は今でも忘れられない。
愛する姉も、婆や、専属の使用人、城を警備する兵士、それにアーロンとルカリオ…それらすべての人が目覚めた世界に存在しなかった。
絵画に大きく描かれていたアーロン……この国を救った英雄ってどういうこと?
戦争はどうなったの?この国に被害は?お姉さまは一体…?
疑問に答えてくれた子孫だというアイリーンもすべてを知っているわけではない。
彼女が知るのは残された史実のみ。
彼女の欲しい答えをくれる人間は存在しなかった。
1人違う世界にポンと紛れ込んでしまった……そんな感覚。

城内だってそう、面影はあるけれど自分の知るものとは異なっていた。
目の前でこの樹の守護者に捕まっている二人は、いわば過去の自分。
どうにもならない現実で必死に足掻いている自分と同じ。
冷静なフリをして不安を押し殺し、泣きたいのを必死で我慢するこれまでのリースがそこにいた。
自分には二人を助け出す力も、手持ちのポケモンだっていない。
それに元々体力のない自分がここまで走り、すでに体力はないに等しい。
誰か手を引いてもらっても、もう逃げ切ることはおろか動くこともできないだろう。
事実ここまで気力だけで地に足を着けていたが、二人が呑みこまれた瞬間瓦解してしまった。
このまま二人を見捨てて逃げる?そうすれば自分を知るものは本当にいなくなる。
置いて行かれる者の苦しみはリース自身が誰よりも理解していた。
もういやだ――…置いていくのも、置いて行かれるのも…

――私を一人にしないで……っ!!



逃げろと叫ぶサトシの言葉が届かないのか、膝をつき沈黙するリースにサトシは怒りを覚えた。
どうして逃げない!?このまま立ち止っていれば、彼女も捕まってしまう。
こうなった今、リースだけは何としても逃げ延びてほしい。
元より彼女がここに来る理由はなかったのだ、ミュウがいるからと自分たちについてきただけ…
これ以上リースが巻き込まれてしまう理由も道理もない。

「ピカチュウッ!早くリースを連れて…っ!?」

このままでは埒があかない。
こうなればピカチュウに彼女を外へ連れ出してもらうしかない。
言葉を投げかけた瞬間、リースの体はサトシたちと同じようにこの樹の守護者に呑み込まれてしまった。

「リース!リース!!くそっ!」

「リース様!?」

「……っ」

「リース様!ええい放せっ!!」


「ごめんね…サトシ……」

「リース…どうして!?」

「この樹にとって私たちが邪魔者と同じように、この世界にとって私は邪魔者でしかないみたい……」

リースを助け出そうとレジスチルから逃れたルカリオも、なおも呑みこまれていくサトシもリースの言葉に停止した。
リースがあまりにも儚く、涙をこらえたような切ない笑顔を浮かべながらこちらが想像もしていなかった言葉を告げたからである。
この世界にとって邪魔者……サトシがその意味を理解しようとする前に、三人共々守護者に呑まれて地に消えてしまった。

「ピィカ…ピカピ……」

サトシが消えてしまった床に、ピカチュウの零れた涙が地面を湿らせた。







さらに長くなりそうだったのでここら辺で一区切り。







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