つつじの花の季節も終わり、梅雨の気配が近づいていた。
そろそろ春物の服では暑いが、前回の面子には懲りたので、思い切って宗三を誘うことを思い付く。
まぁ、来てくれたらラッキーというくらいのつもりでいたのだが、宗三は案外簡単に首を縦に振った。
「着替えるので、少々待っていてください」
そう言ってから十分程度で現れた宗三はいつもの服装で、見栄えは華やかだが暑くないのだろうか。
「暑くないの?」
「……あまり暑さは感じませんね。
僕は体温も高くありませんから」
宗三に触れたことはないけれど、それは納得だ。
宗三の体は、きっと温かくない。
汗をかいたところさえ、見たことがないのだから。
ふと気になって、宗三の白くて綺麗な手を握ってみた。
「……なんでしょう」
「ぬるいね」
温かくもないし、冷たくもない。
ぬるい、その言葉が、一番しっくりくる。
生物として、ぎりぎり成立しているような生温さ。
「気持ちいいなぁ」
「……離してください」
「ふふ、残念」
不思議と、手放したくない温度だったんだけど。
宗三が嫌がるなら、仕方がない。
以前と同じ呉服屋で宗三が選んでくれたのは、薄い水色の上衣と紺色の袴だった。
さすがにセンスがいい。
可愛いらしい女性の店員さんが、お客さまはどんな色もお似合いですね、と言ってくれたので、以前この場所で同じことを言われたときの修羅場を少し思い出した。
「こんなものでしょうか」
「うん、これに決めたよ。
お会計するから、外で待ってて」
お金を払おうとしたとき、ふと髪紐が目に入った。
紫色の髪紐は、宗三によく似合いそうだ。
「あの、これもください。
贈り物なので、別に包んでもらえますか」
この前の簪のお礼をしたいと思っていたから丁度いい。
気に入ってもらえなかったら、申し訳ないけど。
「宗三、お待たせ」
宗三は隣の雑貨屋で、何やらお菓子を購入していた。
「金平糖?」
「ええ、小夜にと思って」
つい忘れそうになるけど、宗三はお兄さんなんだった。
「宗三。
これ、簪のお礼」
細長い箱を取り出して、宗三に渡す。
宗三は驚いたように固まっていたので、ずいっと押し付けたらようやく手に取った。
「……僕に、ですか」
「他に誰がいるの」
宗三の反応は、正に先日私が宗三に簪をもらったときの反応そのもので少し笑ってしまう。
「中を見ても?」
「どうぞ、そんなに大したものではないけど」
箱を開けた宗三は一瞬目を見開いて、そうして箱を閉じた。
「……紫は、あまり好きではありません」
そうだったのか。
桃色の髪に映えると思ったけれど、まさか苦手な色だったとは。
「ごめんね、いらない?」
「いいえ、お気持ちは嬉しいのでいただいておきます。
帰りますよ」
そう言って然り気無く荷物を持ってくれる宗三は、やっぱりいい人だと思う。
ただ、正直なだけだ。
私はそんな宗三を知りたいし、他の刀剣とそうであるように、親しい関係を築きたい。
そのために、努力しなければ。
◇
買い物を終えて部屋に戻ると小夜が待っていたので、僕は帰りに買ったお土産を渡した。
「……これは、何?」
「金平糖と言って、南蛮のお菓子だそうですよ」
色鮮やかな砂糖菓子に目を奪われる小夜の反応は素直なもので、この半分でも僕が審神者に対して素直であったなら、と思わずにいられない。
「兄上、ありがとう」
「いいえ、今日は一人にさせてしまいましたからね」
「そんなことは、気にしなくていいのに。
審神者との買い物、どうだったの」
小夜は、僕が審神者に対して素直になれないことをどこか察しているのだろう。
「髪紐を、いただきました。
簪のお礼とのことです」
紫は嫌いではない。
寧ろ、好きなほうだ。
なのに何故、心にもないことを言ってしまったのか。
何故、お礼を言えなかったのか。
「これからはそれで髪を結ったら、審神者も喜ぶよ」
「……そうですね」
きっと僕は、馬鹿なんだ。