その日、私は久し振りに溜まってしまった書類を整理しようと執務室に籠っていた。
みんなも一日休みにしたので、各々自分の時間を過ごしているだろう。
途中何人かが手伝いを申し出てくれたけど、量があるだけなので断った。
普段働いてくれているのだから、休みの日には休んでほしい。
そういうわけで一日仕事をしていた私だが、陽が西に傾き始めてきた頃、ようやく全ての作業を終えた。
体を伸ばし、お茶でも淹れようかと立ち上がったタイミングで、誰かが襖を軽く叩いた。
「どうぞ」
「………失礼します」
音もなくするりと部屋に入ってきたのは宗三だったので、私は少し驚く。
「どうしたの、珍しい」
短刀を除けば私の部屋を訪れる刀剣は多くはないのだが、宗三に至っては向こうから私に接触してくること自体が珍しい。
「………これを、お渡ししたくて」
差し出されたのは和紙を張った箱。
断りを入れて中を見ると、藤の花のような、紫色の小さな小花が連なった髪飾りが入っていた。
「………くれるの?」
「そうでなければなんだと言うのです」
別に、宗三が使うと思っているわけではないが。
「差し上げます。
………それと、新しく設えた着物、その……
か、髪もきちんと整えて飾らなくては、にわか仕込みと思われますよ」
ふむ、確かに。
「宗三は降ろした髪、好きじゃない?」
「嫌いではありませんが、降ろすにしても飾りの一つは着けた方がいいでしょう」
「そっか。
………ねぇ、着けて?」
「仕方ありませんね、後ろを向いてください」
私の少し甘えた発言に、宗三は意外にもすんなり応えてくれた。
宗三の長い指が私の髪をすき、耳の上に紫を飾る。
「こんなものでしょう」
「ありがとう。
………似合う?」
「……よくお似合い、と言えるでしょうね。
僕が選んだのですから、当然と言えば当然ですが」
宗三は普段袈裟や小袖の装いしか見かけないが、センスは確からしい。
「大事にするね」
「そうしていただきたいですね」
気づけば太陽は茜色に染まり、山の向こうへ沈みかけていた。
「ねぇ、宗三」
私は半分無意識に、宗三に言葉を投げかける。
「宗三のこと、教えてよ」
多分、宗三の方から歩み寄ってきてくれた今、聞いておきたいと思ったのだろう。
「武士や争いの話ばかりです……
女性が聞いて楽しい話ではありませんよ」
「いいよ、聞かせて」
夕焼け色の部屋の中、宗三は眉を下げて微笑んだ。
私はなんだか無性に、その笑顔を寂しいと思った。
宗三が見せてくれた刻印は、美しかった。
また宗三自身も同様に、美しかった。
宗三の隣にいるのに、あのままではいけなかったことを、再認識した。