『審神者諸氏へ
先日以降確認されていた、歴史修正主義軍の戦力減退についてお知らせでございます。
我々は複数の審神者様に、敵軍の姿を見ずに敵地を一周することが多々あったとのご報告を受け、現在敵勢力の調査を進めておりましたところ、敵の降伏を確認いたしました。
つきましては叱るべき処置の後、審神者諸氏には現世へ帰還いただきたく存じます。
長い期間ご就任いただいたことに対するお礼とお詫びは後日改めてさせていただきますので、まずはご帰還の件をご了承いただけますようお願い申し上げます』
昨日の朝届いた政府からの手紙。
丸めて捨てて見なかったことにできたらと何度も思いながら、同時にそんなことをしても現実は変わりはしないのだとも痛感して、私は結局宗三に攫ってほしいと泣きついて。
そうして、断られた。
宗三は私の帰る場所を守りたいのだと言って私を抱きしめたのだけれど、宗三の鼓動から、体温から、迷いも動揺も全て伝わってしまったから、私は引き下がるほかなかった。
それから丸一日経つけれど、まだ宗三以外には話せていない。
早く話さなければ、それはわかっている。
わかっているけれど、なんて切り出したらいいんだろう、とか。
皆悲しむだろうか、とか。
いろいろ考えて、まだ言い出せていなかった。
結局のところ、私は認めたくないんだと思う。
皆に話すにはまず、自分の気持ちが整理できていなければならないだろう。
行燈の明かりだけの暗い部屋で後ろ向きな考えに歯止めをかけられずにいたら不意に宗三が現れて、不覚にもまた泣いてしまいそうになった。
どうしてこんなに、タイミングがいいんだ。
宗三は、ありもしない隙間を埋めるかのように私に触れた。
手はいつもより冷たい。
焦っているような、苦しんでいるような表情も、しぐさも一言でいえばらしくない。
それがどうしようもなく、悲しかった。
終わった後に残る虚しさは、触れ合う前を軽く飛び越える。
疲労感はあるのに、全く眠れなくなるほどには。
「……眠れませんか」
「うん」
私が何を怖がっているのかは、大体わかった。
失うことでも、帰ることでもない。
忘れることだ。
「私、忘れたくないよ。
皆と出会ったこと、忘れたくない」
「中途半端に思い出ばかり残っている方が辛くありませんか。
いいですよ、忘れてくださっても。
……僕があなたの分まで憶えています、何百年経ったとしても、絶対に」
宗三がそんな風にストレートに何か言ってくれるのは珍しい。
どれだけ考えて、言ってくれたのだろうか。
私はやっぱり、宗三を困らせるべきではないんだろうな。
宗三が私の帰る場所を守りたいと言ってくれたのだから、その気持ちを無にするわけにはいかない。
「……本当は、僕も貴女と離れたくはありません。
けれど、それ以上に貴女を傷つけたくないのです。
……わかって、いただけますか」
「……うん、わかるよ」
それだけ聞ければ、十分だ。
宗三は私を思ってくれているのだろう、それは聞かなくてもわかっていたしそう簡単に言ってはくれないとも思っていた。
それでも、やっぱり口に出してくれると嬉しいから、私はそれで十分だ。
「宗三、好きだよ」
何度も、そう呟いた。
この気持ちを忘れてしまう前に、少しでも伝えておきたかった。
宗三は黙ったままずっと私の手を握り、静かに呼吸を繰り返していた。