君を飾る全て | ナノ


宗三を降ろしてから一週間程が経ち、給料日が来た。



私はいつも通りみんなにお小遣いを配って、必要な物の買い出しに行く。



食材は歌仙と光忠、資材は私が買いに行くことになっていたが、今日は私的な買い物もしたかったので清光を誘った。



「主が誘ってくれるなんて珍しいね」



「今日は、服を買い足そうかと思って」



「ふーん、思ったより長続きしてるんだ。



すぐに飽きるかと思ったけど。



まあ、そういうことなら俺に任せてよ」



思った通り、清光は着飾ることに関してとても頼りになる。



「じゃあ、歌仙と光忠はここで……」



普段食材を買う店へ続く道で二人と別れようとしたら、二人はきょとんとした。



「まさか、ここで別行動になるつもりかい?」



「当然僕らも行くよ?」



「え、何故」



別に、そんなに大人数を巻き込む程のことでもないのだが。



「僕が主を雅にして見せよう」



「僕がかっこよくしてあげるよ」



食材買ってきてくれよ、とはとても言えなかった。



仕方ないので四人で呉服屋に入ったのだが、買い物とは、想像以上にハードなイベントだった。



「絶対に主には淡い色が似合うよ!」



「いいや、僕らの時代ならとっくに結婚している歳だ。



落ち着いた色合いの方が風流だよ」



私は今、大の男二人の言い合いから目を背け、現実逃避をするように店先から覗く青空を眺めていた。



「……主、生きてる?」



「一応……清光、さっき清光が選んでくれた上衣だけ買って帰ろうか……?」



「いや………流石に放って帰ったらまずいだろ」



「ですよね………」



この異常な光景をどうしたものか。



軽く絶望していたら、二人が私の方を振り向いた。



「そうだ、着てみたらいいじゃないか」



「そうだね、似合うものを着るのが一番だ」



もうどうしてこうなったのかわからないが、それで済むならもうそうしよう。



清光が選んだのは清光の爪紅のような紅色、光忠が選んだのは淡い黄色、歌仙が選んだのはすみれ色、それら全てを試着するのは非常に面倒だった。



それでもなんとか三着を着終えると、三人は複雑そうな顔をした。



「………主って、何でも似合うんだね」



「元はいいからね。



だから、ジャージなんてもったいないって言ったんだ」



褒められているようで照れ臭いながらも嬉しいが、私には素直に喜ぶような気力が残っていない。



自分で言い出しておいて何だが、もうどれでもいいから終わらせてくれ、と思った矢先。



「いっそ全部買ったらいいじゃないか」



「ああ、それがいいね」



とんでもない話になっていた。



「いや待って、そんなにいらないよ、もったいない」



何を言っているんだ、こいつらは。



私の服なんかにそんなにお金をかけても仕方ないだろう。



和服は下に何枚も着るので、毎日洗う必要はない。



洗い代えもたくさんはいらないのだ。



「僕が毎月預かっている生活費は余っているんだよ。



今使わなくていつ使うんだ」



勢いに押され、結局三着買うことになってしまった。



まあ、別にいいのだが。



宗三は、今度こそ褒めてくれるだろうか。



素直に褒めてくれるところなんて、想像できないのも事実だけど。



翌朝、朝食の席で宗三と目が合った。



今日は少し涼しいので、すみれ色の上衣を合わせてみたのだが、どう見えているだろうか。



しばらく見つめ合ったまま反応を待っていたのだが、宗三は何も言わない。



「……宗三、沈黙されても困る」



「あ、ああ………申し訳ありません」



………うん、それだけか。



宗三はなかなかハードルが高いようだった。







「よお、宗三の旦那」



「薬研ですか………何でしょう」



「今朝、どうして大将に何も言ってやらなかったんだろうな、と思ってな。



昨日買い物に行って選んできたのは知ってるんだろう」



もちろん、そんなことは知っている。



審神者が、おそらく僕の反応を待っていたことも。



「………意地が悪いんですね、大体予想はついているのでしょう」



「まあ、な。



言葉が出てこなかったとか、そういうことじゃないか?」



「その通りですよ」



初めて会った日、袴に着替えた審神者を見たときにも、似たような気分になった。



作業着を着ていた彼女と、まるで別人だと。



女性は装いで雰囲気を変えるものだと知ってはいたが、実際目の当たりにしたら困惑してしまった。



そうして、今朝も、言葉を失っていた。



情けない話だ。



「わからなくもないが、あの反応はいただけねぇな。



大将は心が広いが、女ってのは面倒なものだ。



いつまでも素っ気ない態度じゃ嫌われるぜ?」



確かに、薬研の言う通りだ。



僕はまだ、彼女に嫌われたくはない。



まだ化粧も知らないあの女性がどう変わって行くのか、興味があるのだ。



「仕方ありませんね……刀解されてはたまりませんので、機嫌をとってみましょう」



そうぼやく僕を、薬研は可笑しそうに眺めていた。


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