「主、ちょっと話があるんだけど」
夜更けに安定が私の部屋を訪れた。
あまり、楽しそうな顔ではない。
今日の出陣の隊長を務めていたのは安定だったはずだが、帰還した時から何となく元気がなかった。
今日はいつにもまして全体の損傷は少なかったはずなのに。
「宗三のこと呼ぶなら待ってるけど」
確かに夜更けに二人というのは宗三に対して少し心配ではあるけれど、安定の話は深刻そうだ。
「その話を宗三にはまだしてなくて、あんまり広めたくないなら……そうだな、庭でも散歩する?」
わざわざこんな時間に私の部屋へ来たのだ、簡単な話ではないだろう。
いつの間にか庭はすっかり春になっていて、早めに咲いた桜が綺麗だった。
「実は、今日敵が大将しかいなかったんだ。
いつもはもっと、僕らが奥までたどり着けないように、たくさん敵が配置されているのに」
最近敵の攻撃が徐々に緩やかになってきていたのは知っていた。
昨日も一昨日もその前も、隊長だった刀剣がそう報告してくれていたし、今朝は政府からもそのような文書が届いた。
けれど、さすがに大将しかいなかったのは初めてだ。
この勢いでいけば、出陣したものの一切敵影を見られず帰ってくる日も来るのではないか。
だとしたら、それは何を意味しているのか。
私が口に出す前に、安定が呟いた。
「……終わりかけてるのかな、戦いが」
私が就任してもう一年。
それ以前から何人もの審神者が、戦い続けてきていた。
どちらが優勢になろうとも、戦いはいずれ終わる。
そろそろ終わっても、おかしくはない。
安定が私の袖を引いた。
まるで、何かを乞う子供のような瞳。
「僕らは、どうしたらいいんだ」
安定の言いたいことは、それだけで伝わった。
ずっと、私が考えることから逃げてきた案件だ。
戦いが終わったら、私は元の生活に戻れると政府から言われている。
当然、刀剣と一緒には行けないだろう。
つまり、私たちはそこでお別れということになる。
それを、安定も感じている。
「主、僕らを捨てるの」
「……みんなの行き先は、多分、政府が決めるよ。
でも、戦いが本当に終わるかどうかなんてまだわからないでしょう」
まるで、戦いが終わってほしくないかのような口ぶりで私は逃げた。
安定は、逃がしてはくれない。
「何となくわかるんだ、僕らには。
今まで何度も見てきたから」
結局私は一年たっても、戦いにおける感覚を身に着けることはできなかった。
けれど安定たちは知っているのだ、生まれた時から。
そのために、生み出されたのだから。
「こんなこと言ったら主に悪いかもしれないけど、僕は、終わってほしくなかった。
主と一緒にいる、その過程で少し傷ついたって、構わなかったんだ」
安定の瞳がまっすぐに私を見据える。
きっと私だって、終わってほしくなかったのだろう。
だから今まで、終わることを考えなかった。
安定が言ったように、戦いが続くということは刀剣が傷つくことも終わらないということなのに。
私は、人間に対しても、刀剣に対しても、不誠実だ。
そんな不誠実な本音を言うわけにはいかないのに、安定の瞳を見ているとつい零したくなってしまって、私は目をそらした。
「……政府からの指示を、待つよ」
私にできることはせいぜいそのくらいだ。
安定を部屋へ送り届けてから、自室に戻り、そして考えた。
私はこれからどうしたいのか、どうすべきなのか。
本当は、皆とずっと一緒にいたい。
政府に逆らってどこか遠くへ逃げて、誰の手も届かないところで。
眠りにつきたい刀剣は休めばいい、私といたいと望んでくれる刀剣と、どこか遠くへ逃げられれば。
人間にとっては歴史を守ることが最重要事項で、戦いさえ終われば私の役目は果たしたといえるだろう。
けれど誰の手も届かない場所へ逃げるということは、おそらく神様としての皆の力を借りることになるということだ。
ここまで来て、私はまだみんなに頼るのか。
まだ、誰かが攫ってくれることを期待するのか。
皆には散々迷惑をかけたし、一度は自分の勝手な都合で戦いを終わらせようとさえしたのに、今頃。
あのころからきっと私は、戦いなんかより宗三が大事だった。
だからこそ、宗三とすれ違って自棄になっていた。
いっそ、出会わなければよかったのだろうか。
いつか別れなければならないことは、心のどこかでわかっていたのに。
宗三になら、我儘を言っても許されるのかな?
私をどこかへ連れて行って、と。