月が綺麗だった。
宴会のあと、部屋に戻ると宗三が言っていた通り襖の前には真っ白い着物が置いてあって、真っ赤な帯が添えられていた。
私は着物に袖を通し、帯を締め、悩んだ結果真っ赤な簪を挿した。
まるで花嫁衣裳のようだと思ったし、きっと宗三もそれを意識したんだろうと思う。
行燈の明かりをうっすらと残し、障子を開けて空に目をやる。
月が明るすぎて、近くの星は見えもしない。
さすがに真冬の夜中なのであまり開けっぱなしにしてもおけず、すぐに障子を閉めた。
火鉢で火花が爆ぜた。
宗三は本当に来るだろうか。
申し出はとても嬉しいけど、私の中で宗三の言っていたことはどこか現実味がなく、私の夢や妄想の類であったと言われればすんなり納得できそうなほど。
けれど宗三がつまらない嘘をつくとも思えないし、潰れるほど呑んでもいなかった。
きっと、来るのだろう。
ほんのかすかに、足音が聞こえた。
耳を澄まさなければ聞こえないような頼りない足音が近づいてくる。
こんな足音の刀剣は、私の知る限り宗三しかいない。
こんな夜更けに私のもとへとくる目的を持った刀剣も。
「審神者」
「どうぞ、入って」
薄い行燈の光に照らされた宗三は、やっぱり今にも消えてしまいそうで。
思わず、手を強く握った。
冷たいし、細いし、白い。
それでも宗三は、確かにそこにいた。
「どうしたのです」
「いなくならないでね」
昔からそうだった。
楽しいこと、うれしいことがあったあと、その帰り道や寝る前なんかに、何となく寂しさを覚えたり悲しくなったりするのだ。
そんな時は一体誰が慰めてくれていたんだっけ。
母だったり、ぬいぐるみだったりしたのだろうか。
今は、宗三がいる。
「僕はどこへも行きません。
貴女がどこかへ行かない限り、僕は、どこへも」
宗三は私に微笑んだ。
私も宗三に微笑んだ。
「……いいのですか、今ならまだ、引き返せますよ」
「そんなこと聞くほど、野暮じゃないでしょ」
私は宗三の首に腕を回す。
行燈の火が少しだけ揺れた。