「よう、大将」
珍しく薬研が部屋を訪ねてきたと思ったら、街へのお誘いだった。
「宗三の旦那には了承も取っておいたぜ」
気の利く短刀がそう言うので羽織を取って外へと向かう。
玄関で、宗三の草履がないことに気がついた。
「どこか出かけてるのかな」
「俺が大将と出かけるって言ったから、一人の時間でも取ってるのかもな」
なるほど、確かに一人の時間は重要だ。
この屋敷において、一人の時間というものは何となくなくなりかかっているところがある。
それに宗三は引きこもりがちなところがあるので、自主的に出かけたならそれはいいことだ。
「寂しいかい?」
「あはは、そんなはずないよ。
こうして薬研が誘ってくれたし」
「俺もたまには大将と出かけたいと思ったからさ」
そう言ってにや、と笑う薬研に何か含みのようなものを感じたけれど、とりあえず気のせいということにした。
「薬研は最近どう?」
「まあ、ぼちぼちってところだな」
先日ようやく一期一振を迎えることができたものの、依然薬研は兄弟を纏める立場だ。
長男のような立ち位置から、次男のような立ち位置に変わったに過ぎない。
私が審神者になってすぐの頃から頑張ってくれている薬研は、疲れてはいないだろうか。
「俺のことなら心配するなよ、大将。
手がかからないことはないが、俺は兄弟揃っていられるだけで幸せだ」
「最初は三人だったもんね…」
私と、清光と、薬研。
あのころから、私は成長できただろうか。
刀剣が増えて、戦いは激化して、宗三との関係も変わって。
いつか手放すことになるとしても、私は今の生活の中で、少しでもみんなと仲良くしたいし、みんなには幸せでいてほしい。
「大将が思ってるよりかは、大将はいい主に違いないと思うぜ」
「そうかな?」
自分を認めることは、誰かを認めるよりずっと難しいと思う。
だったらお互い認め合って生きていけばいいのに、それもすごく難しいことだとは知ってる。
それでも、ここへ来て一年、支えあって生きてこられたことは事実だ。
そんなことまで、私は忘れてしまうのかな。
「浮かない顔だな」
「ああ、ごめんね…つまらないとかじゃないんだけど」
「そういう意味じゃないから、気にしないでくれ。
そうだ、宗三の旦那に土産でも買っていくか?」
「……うん」
薬研は昔からずっと、私のそばにいてくれた。
他の刀剣たちも、ずっと。
みんなが私を慕ってくれていることは、真実なのだと思う。
忘れたくないな。
きっと私だけが数えている、今日で就任して365日目。
迷ったことも、終わりにしたいと願ったこともあった。
実際終わりの時が来たら、どうしたいのかも決まっていない。
それでも、もう迷いはないことだけは確かなこと。