僕と審神者の会話がなくなって、一週間。
審神者と関わりのない日々は、想像以上に長くて無意味だった。
戦いを特別好んでいない僕にとって、彼女が喜んでくれないのなら、敵を倒すことにさえ意味はなかった。
僕は刀だというのに。
ただ皮肉なことに、怪我をしてしまえば審神者と顔を合わせなければならないので、僕はかすり傷さえ追わなくなった。
食事の席でも顔が見えないような遠くへ座り、作戦も隊長から間接的に聞いて、日々が過ぎた頃事は起きた。
「……騒がしいですね」
兄上が仰る通り、誰かが廊下を駆ける音が断続的に続いていた。
僕達の部屋は屋敷の端に位置する比較的静かな所で、騒ぎの原因まではわからない。
そこへ、小夜が慌てた様子で戻ってきた。
「審神者が、倒れたって」
同様の余りに簡潔に済ませられたその一言は、僕と兄上までも動揺させるのには十分だった。
「今、薬研と燭台切が看病してる……」
兄上と小夜が、そろって僕を見ていた。
僕に、どうしろというんだ。
行ったって薬研と違い僕にできることはないし、審神者も僕の顔なんて見たくないに決まっている。
本心は気になって仕方がない、意味がなくても傍らにいて差し上げたい。
けれど、彼女はそれを喜ばないだろう。
「……宗三、また自分の本心から、逃げるのですか」
兄上から発せられた言葉は、普段争いを好まない兄上の言葉と思えない、突き付けてくるような響きを含んでいた。
「知ったのではありませんか、本心を隠しても審神者を傷つけるだけだと。
それでも尚、自分が傷つくことを恐れ、代わりに審神者を傷つけるのですか」
わかっていた、僕が最初から素直になっていれば何も起こらなかったのだと。
わかっているのに、一歩踏み出すということはこんなにも難しいのか。
「……審神者は、兄様が行ったら喜ぶよ」
「……そう、でしょうか」
「うん、絶対」
不思議と、急に気分が晴れた気がした。
一瞬前まで躊躇っていたことも、今ならできそうな程に。
「……わかりました、行ってきます」
僕は部屋を出た。
いずれ謝らなければいけないのだから彼女の顔を見ずにずっと過ごせるわけではないし、僕が伺うことで彼女が喜ぶのなら。
彼女の部屋の前には、この屋敷にいる刀剣のほぼ全員が揃っていた。
僕が襖の前に立っても誰も止めはしなかったので、一度だけ深呼吸して襖を軽く叩く。
「おう、入っていいぜ。
ただし大人数で入るなよ」
返事をしたのは薬研だった。
入室すると、布団に横たわり目を閉じている審神者が目に入る。
傍らにいる薬研と燭台切、それから部屋の隅で顔を真っ青にしている加州と大和守も。
「宗三の旦那か。
おそらく疲労からくる貧血だ、命に関わるものじゃない」
「そうですか……」
「ただ……ここ最近、急に大将が根を詰めだした理由、旦那は何か知らないか」
「……見当もつきません」
最近審神者が急に執務室に籠りきりになり、夜も遅くまで明かりがついていたことを、おそらく多くの刀剣が知っているだろう。
けれど誰も、その理由を知らないらしかった。
もちろん、僕も。
仮に僕とのやり取りで気分を害したのだとしても、それで仕事に専念するのは繋がらないような気もする。
「……まあ不可解なこともあるが、目が覚めても追及しないほうがいいな。
俺達も、大将が家事までやってくれることに甘えちまった。
これからは俺達がやっていかないとな」
「そうだね……男所帯で人手は足りてるのに、任せっきりは良くなかった」
審神者の肌は血色が悪く、髪もしばらく見ないうちに随分傷んでいるようだった。
「さて……あとは安静にしておけば、とりあえず大丈夫だ。
俺達は撤収するぞ」
立ち上がった薬研に続いて四人で部屋を出ようとすると、大和守に押しとどめられた。
「……宗三は、ここにいたら」
「あー、そうだね」
加州までも僕を留めようとするが、それでいいのだろうか。
「審神者に何かあったときに、傍にいるのが僕では不安が残るでしょう」
「でも、あんたはそうしたいでしょ。
主もその方が喜ぶと思うし、薬研は安静にすれば大丈夫って言ってるし」
「……わかりました」
後から思えば、この時僕は加州たちに気を遣われていただけだ。
その話を後に審神者にしたところ、それでいいのだと言われることになる。
背中を押しあえばいいと笑った彼女の背中を、まずは押せるようにならなくては。