夏の暑さが和らいだと思ったら、季節はすっかり秋になった。
中庭を宛てもなく浮かんでいた蛍も、その命を終えた。
あっという間に涼しくなったので、審神者が体調を崩していないか、だとか。
そろそろまた羽織を買いに行かなければ、だとか。
僕の頭の中は彼女のことばかりだ。
「そりゃああれだな、恋だ」
「……仰っている意味がわかりません」
確かに僕は、彼女を特別に思っている。
愛、と名の付く感情も、あるのかもしれない。
しかし、愛とは何も恋情だけではないだろう。
「小夜や兄上と同じように、大切に思っているだけです」
「小夜や江雪の旦那に、装飾品なんて贈らないだろ」
「姉や妹だったら贈りましたよ」
加州清光ではあるまいし、男が自分を飾り立てることを好むものか。
「まぁ、宗三の旦那が違うって言うならいいけどな。
あんまりのんびりしてると、横から拐われるぜ」
拐われる、というのもピンと来ない。
元々僕のものではないのだ、審神者が行きたいところへ行くのが道理だろう。
「まぁ、そのうちわかるさ。
実際、大将はいい女だと思うぜ。
物怖じしないし、度量も大きい。
かと思えば花を育ててみたり料理したり、女らしいところもある」
「……そうですね」
だからと言って、恋をしているか、なんて。
そんな感情、きっと僕には縁のないものだ。
「おっと、そろそろ馬当番の時間だな」
薬研はそれだけ言うと行ってしまった。
部屋へ戻る途中、中庭に目をやると何やら作業中の審神者を見かけた。
声を掛けようと思ったが、何となく気恥ずかしい。
ついに僕は彼女に声をかけないまま、通りすぎてしまった。
その後書庫で「恋」という言葉の意味を調べてみた結果、誰かに焦がれたり、慈しんだりすることとあった。
好きか嫌いかで言えば、好きなのだろう。
けれど、それが恋かどうかなんて。
「宗三、こんなところにいたんだ」
「さ、審神者……!」
突然現れた審神者に僕は驚いて、開いていた項目を慌てて閉じた。
「何か調べ物?」
「あっ、貴女には、関係ないでしょう!」
ああ、どうして僕はきつい物言いばかりしてしまうのか。
審神者だって、いい加減僕に愛想を尽かすだろう。
もしも僕が、本当に彼女に惹かれているのだとしても、もう。
「これ、宗三に。
綺麗に咲いたからプレゼントしようと思ったんだけど、彼岸花、好き?」
見上げた審神者は、今まで見たことがないくらい美しかった。
彼岸花の花束を抱えた審神者は、それ以外普段と違ったところはないのに。
僕は最早認めるしかなかった、僕が彼女に惹かれていることを。
言い訳のしようもないほど、僕は彼女に焦がれている。
「……宗三?」
「す、好きです……ありがとうございます」
「うん、それなら良かった」
こんな感情は知らない。
彼女の隣にいることを、何物にも変えられない幸福と思うような、こんな気持ちは。
けれど、思えば僕は以前から、彼女の瞳に映りたいと望んでいた。
彼女と離れがたくて、生にしがみついたこともあった。
僕はずっと前から、審神者に恋をしていたんだろうか。
ああ、「恋」なんて、そんなものの存在を意識しなければ、変わらずにいられたのに。
「……どうかした?
顔、赤いよ」
「……別に、何でもありません」
僕は審神者を残して書庫を出た。
あのまま同じ空間にいたら、また何か言及されてしまいそうで。
僕は彼女と、今のままでありたかった。
贈り物を交換して、付かず離れずの距離感で。
それを失うくらいなら、この恋情など無視してしまえる。
「あれ……兄様」
「ああ、小夜ですか」
「その花、どうしたの」
「審神者がくださいました……彼岸花、というのですよ」
自分は、不自然ではないだろうか。
小夜は賢いから、下手をすれば気付かれてしまう。
「……綺麗だね」
赤い花束を抱いた彼女は、綺麗だった。
あんなに色気のある方だっただろうか。
いや、彼女自身はただの少女だ。
ただ、装いで大きく印象を変えるだけ。
それは、最初からわかっていた。
それに惹かれて、彼女を飾ってみたいと思ったのが始まりだったのだから。
もしも僕が彼女に対してもっと優しく、素直に接していたなら、迷わず告げることができるのかもしれないが、僕にそれは出来ない。
それなら、このままで構わない。
その日は、確かにそれで気持ちの整理を着けたのだ。
けれどその後日が経つにつれ、僕の気持ちは膨らんでいった。
彼岸花のお礼として贈った赤い爪紅と口紅は、よくお似合いだった。
僕はやはり目を奪われ、けれど僕は所詮彼女の家臣の一人だと思うと、泣きたいような笑いたいような奇妙な気持ちにさせられて。
そのうち、彼女の顔を見るのが辛くなってきて。
僕は、彼女と距離をおくようになった。