「はーい、皆さん花火は持ちましたか。
今から説明するから聞いていてね」
夏も終わりに近づいた頃、私は中庭での花火大会を思い付き、本日万屋で大量に購入してきた。
「このこよりを千切って、反対側を持ちます。
それで、こっちを火に近付けて着火するとこんな感じ」
吹き出る色鮮やかな火花に、歓声と少しの悲鳴が上がる。
「消えたら、用意した水に入れてね。
危ないから他の人には向けたら駄目だよ。
説明はこんなものかな、じゃあ始めていいよ」
粟田口は一期一振に、今剣は岩融に任せておけば大丈夫だろう。
火に良い思い出がない刀剣のために、電気で光るタイプも完備だ。
既に鯰尾と骨喰に一本ずつ貸した。
ふと、宗三も火事に見舞われたことがあるのを思い出す。
余計なお世話だろうな、とは思いつつも、何となく探してみることにした。
「これは風流だね、主」
輪には加わらず歌か何かを考えているらしい歌仙が嬉しそうにしていた。
うん風流ですね、金属による化学反応だ、とは言わないでおこう。
「主よ、現世にもこのように美しいものがあるのだな」
「あ、三日月さん。
三日月さんには敵わないと思いますけど、綺麗でしょ?」
花火が発明されたのは、確か江戸時代だったか。
それ以降に振るわれていない刀にとっては、馴染みがないだろう。
「あ、宗三見つけた」
左文字兄弟は、端の方で細々と楽しんでいた。
小夜が花火に目を輝かせている。
「小夜、そんなに火の側を持ったら危ないですよ」
江雪さんも、いつもの物憂げな表情は健在ながらあれは多分楽しい顔だ。
そして、宗三はその二人を眺めている。
「宗三、やらないの?」
「……僕は、いいんです」
「火が嫌なら、火の出ないものもあるよ」
「……火が怖いわけでは、ありません」
それは強がりではなく、本音だったように思う。
「まぁやりたくないなら無理にとは言わないけど、どうせなら楽しんでもらいたいし」
「お節介ですね」
「そうだね」
宗三は小夜へと視線を戻した。
その瞳が、目に見えて沈んでいく。
「美しいものは儚いです。
そう思うと、火をつけてしまいたくない」
「詩人みたい」
ただし、恐ろしく後ろ向きな。
「輝くもの、美しいもの、強いもの……どれも、永遠ではありません」
「平家物語……」
「おや、ご存知なのですか」
「馬鹿にしてる?
現世でも結構常識だよ。
この世の真理に、近いからなのかな」
「そうでしょうね。
忘れようとしても、その度思い知らされて、結局忘れることはできない。
だから、ずっと後世まで残っているのかもしれません」
だとしたら、私がこうして主なんて呼ばれて、ちやほやされているのは今の内ということだろうか。
この生活の終わりが、私達現代の敗北ではないことを、祈るしかできないが。
「貴女も、いつかは死んでしまう。
人間が何かを目指したって、たかが百年で何ができるというのでしょうね」
「そりゃあ、私は死ぬけど。
でも皆は、刀が消えなければ永遠に生きられるでしょ、神様なんだから」
神様なんだから。
私とは、違うのだ。
もし依り代が無くなってしまっても、皆は消滅することはない。
人の世の常には、収まらない。
私が死んでも皆は残る、それは救いだ。
「貴女以外の刀になんてなりたくありません。
僕の最後の主は、貴女でいいんです」
「……そうなの?」
そんなのは、まるで。
慕われているみたいじゃないか。
「僕は、貴女の骨と一緒に焼けてしまいたい」
「そういうのはね、大切な人にだけ言うものだよ。
長く生きていれば、素敵な主人に会えるかもしれないでしょ」
冷静ぶって、ばくばくする心臓を押さえた。
唐突に愛の告白紛いのことを言われても困るのだ。
宗三は私を好きなはずはないし、私は宗三の主でしかない。
そこを、踏み越えてはならない。
宗三を好きになることはできない。
「私は短い一生でも、何か一つは生きた証を残すよ」
そうすれば宗三も、私と焼けたいなんて言わないだろうか。
そう、思ったのに。
「それなら簡単なことです、僕が貴女を忘れませんから。
それで、貴女が生きた証は消えないでしょう?」
「……ありがとう」
今夜はきっと、宗三がどうかしているのだ。
そういうことで、今日のことは明日になったら全て忘れよう。
そうして、私は逃れようとすることをやめた。
まるで慕われているみたいな会話も、たまには悪くない。
春の夜の夢どころではない、真夏の短い、短い夜の夢。
それくらいなら、許されると信じて。