君を飾る全て | ナノ


審神者の傍を通ると、柑橘類の香りがするようになった。



それとなく聞いてみたところ、僕が香を用いているのに倣って買ったというから驚いた。



「夏蜜柑の香りなんだって。



気に入ったから、他をあんまり見ないで決めちゃったけど、おかしくないかな」



そう言って僕の反応を伺う審神者に、僕は結局お似合いだとは言えなかった。



自分は、歪んでいるのだと自覚はある。



言いたいことも素直に言えず、態度で示すこともできず。



誰かに好意を向けられることにも、向けることにも、慣れていないのだ。



だからせめて、戦果を上げて彼女に貢献しなくてはと、らしくない行動に出てしまった。



単騎で飛び込むなんて考えのない行動を、やはりするべきではなかった。



「おい、宗三!」



刀のくせに飾られてばかりで、実戦では役に立たないことを、認めたくなかったというのも大きいかもしれない。



ともかく、僕は重傷を負ってしまった。



審神者を、悲しませてしまうだろうか。



悲しんでくれるのだろうか。



悲しんでほしいのだろうか。



その癖お飾りにはされたくないだなんて。



笑えも、しない。






第一部隊の帰りを迎えるのはいつものことだが、今日は普段と決定的に違っていた。



辺りを濃く満たす血の香りと、緊迫した雰囲気。



宗三が重傷を負っている。



膝から力が抜けそうになるのを堪えて背を伸ばした。



刀身を手入れすることで傷はふさがっても、このままでは失血死してしまう。



要求されるのは、手際と冷静さ。



「皆さん出陣お疲れ様でした。



太郎さん、宗三を手入れ部屋へ運んでください。



清光も軽傷みたいだから、手入れしてね。



光忠と大倶利伽羅は馬を繋いで。



薬研は、私と来て」



私は、小娘の分際でこの刀剣達の主という立場に収まってしまった。



そのために、私はずっと、それらしくあろうと努力してきたつもりだ。



けれど、有事の際に皆を守れないなら、全てに意味はない。



「薬研、左腕の止血、任せてもいい?」



「構わねぇが、脇腹の傷は何とかなりそうか」



「頑張ってみる」



医療に関して薬研の右に出る人はいない。



ちょっとかじった程度の私なんて、無論敵わない。



だからこそ、すぐに左腕の傷を止血できそうな薬研にそちらは任せる。



「……審神者、」



宗三が口を開いた。



治療と平行作業で手入れは進んでいるから、その感覚で意識を取り戻したか。



痛いだろうから、意識はない方がいいのだが。



「……申し訳、ありません」



「黙って、血が止まらない」



「大将、代わるぜ」



左腕の止血を終えたらしい薬研が変わってくれたので、私はどくどくと流れ続ける血を拭う。



「……なんですか、泣きそうな顔をして……



貴女にそんな顔は、似合いませんよ……」



誰のせいだと、思ってるんだ。



「もし死んだら、絶対許さない」



怪我人に対する優しさの欠片もない言葉。



今の自分には、全くと言っていいほど余裕がないのだ。



それなのに宗三は、薄く笑っていた。



「……ありがとう、ございます」



何が、なんて聞く余裕すらない。



「これで……なんとか、止まったぜ」



気付けば薬研が、脇腹を縫合していた。



手入れをすれば傷は綺麗になるだろう、縫合もできるとは流石だ。



「ありがとう……薬研」



ようやく息をつく。



宗三はまた意識を手放していた。



濡れた手拭いで、顔や髪の血を拭う。



なんで、そんなに安らかな顔なのか。



治ったら、尋ねてやりたい。






僕が手入れ部屋を出る頃には、屋敷は静まりかえり、月明かりでしか足元を確認できないような時間帯だった。



今日のことは、小夜と兄上には心配をかけてしまっただろうし、やはり気をつけなくてはならない。



自分の未熟さや不甲斐なさと向き合うのは、やはり苦い気持ちになる。



ため息をつきながら角を曲がった時、何か白く浮かび上がったものにぶつかりそうになった。



「………審神者?」



大きな荷物のように見えたそれは、なんと審神者だった。



壁に寄りかかり、寝息をたてている。



もう丑の刻は回っているだろうに、何故こんなところに。



帰還した時、うっすらとした意識の中で聞いたのは、指示を出す審神者の凛とした声。



あの時の女性が、今こんなところで眠っている審神者と同一人物などと、にわかには信じ難い。



「審神者、起きなさい。



こんなところで眠っては風邪をひきますよ」



「……あ、宗三。



怪我、治ったんだね」



へらりと笑う審神者に手を貸そうとしたら、屈んだ拍子にふらついてしまった。



「かなり出血してたから、無理しないで」



逆に支えられる羽目になり、全く格好がつかない。



「何故、僕を待っていたのですか」



「何故って……無事に帰ってきてくれてありがとうって、言うためかな」



この方はどうしてこうも、僕の心を乱すのか。



僕なんて、戦でも役に立たず、実生活でも審神者に何一つ貢献していない身だと言うのに。



まるで、大切にされているような気になってしまう。



「……別に、貴女のために帰ってきたわけではありません」



「わかってるよ。



……小夜と江雪さんと、自分のため?」



僕はこの時、どうかしていたに違いない。



こんなことを、絶対に告げるつもりはなかったのに。



「……僕は、僕自身が、貴女と離れるのが惜しかったから、帰ってきたんです」



言ってから我に返った。



内心焦る僕とは正反対に、審神者は一言、



「……光栄だよ」



そう言って笑った。



そうして僕らは、お互いの部屋への分かれ道へ着く。



「……おやすみなさい」



「おやすみ、宗三。



……いい夢を」



彼女は、僕をどう思っているのだろう。



嘘や演技が上手な方ではないと思っている。



きっと、あの気のない態度は本心だ。



なのにこんな夜中まで、僕を待っていたり。



僕は彼女が、わからなかった。



確かに隣にいるのに、触れることは叶わない。



彼女は何処にいるのだろう。


back

- ナノ -