昔から、あまりお洒落に興味がなかった。
理由は特にないけれど、強いて言うなら、気合いを入れて飾るほど可愛い顔立ちではないと思っているから。
服や化粧だけが可愛く浮いているなんて惨めだ、それは避けたい。
審神者になってからは、戦場に行かない分家事だけは出来る限りしたくて、それは悪化した。
気付けば私の服装は、ジャージがデフォルトになっていた。
そんな、ある日。
「……宗三左文字です」
美しい打刀を完成させ、神を降ろした瞬間、何やら嫌な顔をされた。
「………まさか、貴女が主ですか?」
「……ええ、まぁ」
珍しい反応ではなかった。
彼らは元々名のある剣豪の刀なのだ、私のような小娘に使役されるなんて気に入らない、という刀剣もいるだろう。
私も彼らに少しでも近づけるように、戦術論や医療なども学んではいるが、それでも不本意に思われることもあるかもしれない。
けれど、宗三はこう続けた。
「そんな品のない装いは初めて見ましたよ………
僕を使役したいというのであれば、その貧乏くさい服装を改めていただきたいものですね」
それを聞いて、私の中で、何かが切れたのを感じた。
「………審神者の仕事に服装は関係ないし、正式な場に出るときはきちんとしてるけど。
家の中のことをやるのに、この方が都合がいいの。
それとも、着飾ってばかりで何もしない主をお望み?」
昔はそうだったかもしれないが、ここに家事だけが仕事の女中さんなどいはしない。
雑務をするのは、私か刀剣なのだ。
であれば、彼らは戦場に赴く身、私が率先してやるのが道理だ。
そう思った私を、否定された気がした。
「品位は装いに出ます。
そんな成りで、御物や天下五剣を従えているのですか。
僕たちの格式を保つことも、主の役目だと思いますが?」
残念ながら、ここには未だそんな格式高い刀はいない。
けれど、みんな誇り高い刀だ。
もしかしたら、宗三と同じようなことを思っていたんだろうか。
「………成る程、宗三の言うことも最もかもしれない。
一応着てみるけど、私が着替えたからって格式高くなるわけでも、華があるわけでもないから。
これよりまし、っていう程度だろうけど、そこは了承してね。」
隣にいた近侍の薬研が、面白がるように目を細めていた。
薬研に宗三の案内を命じ、最後に私の部屋へ連れて来るよう言い付けた私は、自室へ向かう。
今まで数えるほどしか袖を通さなかった桃色の着物と紫の袴をきて、髪を降ろす。
政府へ出向いたり、他の審神者と会うときにしか着ないが、一応自分で着られるのだ。
袴姿ならギリギリ家事も出来る。
これ以上譲るつもりはないが。
準備が終わったとき、丁度襖が叩かれた。
「大将、案内終わったぜ。」
「入っていいよ」
薬研と目が合った。
大きく見開かれる紫の瞳は、驚きを表している。
宗三の方も、似たような反応だ。
オッドアイであることに、今気づいた。
「これで、どう」
「ああ、驚いたな……似合ってる」
まあ、この色合いは誰にでも似合うようになっている。
所詮支給品だ。
「………宗三、何とか言ってくれない」
黙られても困る、宗三が言い出したと言うのに。
「……先程よりましですが、四季に合うものを便利に着ているようでは間に合わせですね。
どうせ、それしか持っていないのでしょう」
「よくお分かりで………洗い代えも兼ねて、買いに行ってみるかな……」
やはり間に合わせなのはばれてしまうか。
「随分急な風の吹き回しじゃねえか、大将」
「うーん、宗三の言うことが正しいかも、と思ったから」
いずれもっと格式高い刀を迎えるなら、ジャージというのも却って不釣り合いが過ぎるだろう。
「私みたいな平凡な女がこんな格好して、おかしくなければいいんだけど」
「自信持っていいんじゃねぇか、似合ってるぜ」
「ありがとう、薬研」
薬研はあまりお世辞がうまいタイプではないので安心できる。
「宗三も、ありがとう。
そんなにはっきり言ってくれたのは、宗三が初めてだよ。
これからよろしくね」
そう言って微笑むと、変な物を見るような顔をされてしまったが、不思議とさっきのような嫌悪は感じなかった。