君を飾る全て | ナノ


多忙な日々の中、気づけば梅雨は終わっていた。



紫陽花の花は来年に向けて萎れ、代わりに本格的に緑が芽生えて来ている。



私が審神者として着任したのは冬、つまり全ての刀剣にとって初めての夏だ。



というわけで、注意事項を添える。



「皆さんそろそろ夏ですね。



人間の体は汗をかいて水分補給を怠ると良くないので、こまめな水分補給を心がけてね」



光忠には、家庭で作れるスポーツドリンクの粉を渡してある。



内番や出陣、遠征の後には塩分も効率良く補給しなければ。



なんて私が気を遣っても、本人達が気をつけなければ意味はあまりない。



だから、きちんと注意したというのに。



「審神者!」



すぱん、と少々乱暴に障子を開けて飛び込んで来たのは小夜。



小夜が了承を得ずに入ってきたのなんて、今日が初めてだった。



「どうしたの?」



ただならぬ雰囲気なのは伝わるが、まずは落ち着いてもらわなくては。



私は努めて冷静に尋ねた。



「宗三兄様が倒れた」



そういえば、私が注意を促した朝食の席に宗三はいなかった。



加えて今日の畑当番は宗三と小夜だ。



宗三は普段からあまり食べ物も飲み物も口にしない、もう少し気を配るべきだったか。



「朝から具合悪そうだった?」



「わからない……いつも悪そうだから」



全くもってその通りだ。



「宗三!」



宗三は畑近くの木陰で蹲っていた。



顔は赤いが汗は出ていない、おそらく熱中症だろう。



「小夜、厨に行って水と氷と濡れた手拭い持ってきて。



その途中で、薬研も呼んでもらえると助かる」



「わかった、行ってくる」



私は自分の肩に宗三の腕をかけて立ち上がった。



「宗三、立てる?」



「……審神者、」



「支えるくらいしかできないから、頑張って歩いて」



太郎さんを呼ぶという手もあるが、日の当たらないところへ移動させるのは急いだ方がいい。



「申し訳、ありません」



「謝るくらいなら最初から体調には留意して。



こんなつまらないことで死んだら許さないよ」



憑喪神と言えど、体は人間そのもの。



病気にもなるし、死もある。



怪我なら刀身に反映されるから手入れで治るが、病気は治らない。



却って厄介なのだ。



「大将!」



廊下の向こうから、薬研と小夜が走ってきた。



「薬研、小夜と一緒に宗三の部屋に行って、布団敷いておいて」



二人は私より力はあるかもしれないが、身長差が大きい。



宗三を預けるのは無理だろう。



「わかった、先に行ってる」



二人を先に行かせ、なんとか宗三を引きずるようにして私たちも宗三の部屋にたどり着いた。



既に整っていた布団に宗三を寝かせ、氷と濡れた手拭いで首や額を冷やしていく。



「……ひとまず、こんなもんか」



全ての作業を終えるころには、宗三の顔色も普段通りの白に戻ってきていた。



「うん、少し休めばよくなると思う。



大事に至らなくて良かった」



たかが熱中症でも、死ぬこともあるという。



刀剣の医療機関はないので、そんなことにならなくて本当に良かった。



「宗三兄様は大丈夫?」



「うん、小夜が頑張ってくれたから、もう大丈夫だよ」



そう言って小夜の頭を撫でると、小夜は安心したように笑った。



「さて、私は光忠のところに行ってくるね。



薬研、ちょっと宗三を見てて」



「ああ、わかった」



光忠に言って、スポーツドリンクを作らなければ。



水は飲ませたが、目覚めたら塩分や糖分も口に入れてもらわなくてはならない。



そういえば、畑仕事はおそらく途中だろう。



久しぶりに、私の相棒に働いてもらうか。




目が覚めたら部屋は茜色に染まっていた。



僕の脇では小夜が眠っており、審神者の羽織がかけられている。



文机の上には湯呑みと書き置きが置いてあった。



『起きたら飲むように、色は変だけど大丈夫だから』



審神者の字で書かれた通り、湯呑みの中身は確かに薄く白濁していたが、意を決して飲み干す。



甘いような塩味のような妙な味がしたが、不味くはなかった。



部屋を出ると外はすっかり夕方で、畑仕事が途中だったことを思い出す。



誰かが代わりにやってくれたのだろうから、後で謝罪をしなければ。



そう思ったとき、野菜の入った籠を持った審神者が通り過ぎた。



一瞬誰だかわからなくなったが、あの作業着姿は一度だけ見たことがある。



「あ、宗三!



もう体は大丈夫?」



「ええ、お陰様で……ご迷惑をおかけしました」



「なら良かった。



こんな格好でごめんね、すぐに着替えるから」



決まりが悪そうな審神者は、けれど初めて見た日より見栄えは悪くなかった。



それは、僕が彼女の内面の美しさを知ったからなのだろうか。



「畑仕事まで代わっていただいて申し訳ありません」



「いいよ、別に」



彼女は、僕の歴代の主の誰とも似ていない。



けれど確かに僕は、彼女を主と認めている。



僕は、そんな彼女に見合うような臣下になれるのだろうか。


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