君を飾る全て | ナノ


「はぁ……」



江雪さんと買い物に行ったあの日以来、私は宗三とぎくしゃくしていた。



顔を合わせることも減り、合わせても会話は弾まない。



何となく避けられているのも感じているのだが、理由がわからないためどうしようもない。



加えて今日の天気は、あの日と同じ雨。



仕事をしていても、何となく宗三のことを考えてしまいついたため息は、近侍の薬研に聞きつけられてしまった。



「どうした大将、ため息か?」



「うーん……ちょっと、宗三と気まずくて」



「ああ、そのことか。



それなら何人か気付いて訝しがってるが、何があったんだ?」



やっぱり、気付いてる人もいるか。



私と宗三がよく話しているのは普段であれば当たり前とも言えることだった。



勘のいい人であれば、誰か感付くだろう。



「多分何かあったんだろうけど、理由がわからないんだよね……」



「宗三の旦那が大将を避けてるってことか」



「多分、そう」



元々宗三は誰かと積極的に関わりたいタイプでもなさそうだけど、こうも明らかに避けられると堪える。



向こうから話しかけてくるまで待った方がいいのだろうか、そうでないのか、それもわからない。



二つ目のため息をつきそうになったとき、縁側の障子が軽く叩かれた。



雨音に紛れてしまいそうなくらい、控えめな音。



「審神者、入ってもいい?」



「小夜か、どうぞ」



小夜は私の部屋に入る際、断りを入れるのを忘れたことはない。



別に他の短刀のように、勢い良く入ってきてくれても全く構わないが。



「お茶と団子、持って来た。



……薬研の分も」



「お、悪いな」



おまけにとても気が利いている。



見た目が子供なだけ、というのはわかっていても申し訳なくなってしまうくらいだ。



しかし、この気が利いた短刀は、用もなく私の部屋に来ることはない。



「小夜、何かあった?」



そう訪ねると、小夜は少しの間の後に薬研をちらりと見てから言った。



「審神者に、宗三兄様と何かあったのって聞きに来た」



こっちもそれか。



思っていた以上に、多くの刀剣に気にされているようだ。



隣で薬研が苦笑いした。



「私にもよくわからないけど、宗三に避けられてるみたい。



宗三、何か言ってた?」



「何も言ってないけど……最近ずっと憂鬱そうな顔してる」



「憂鬱?」



怒っているのではなく、か。



「ため息ばかりついてるし」



「……そうなんだ」



宗三は他の刀剣と比べると扱いにくいところがある。



周りを遠ざけたがり、とでも言うべきか。



だから、宗三から何か言ってくるまで待つのも手だと思っていた。



けれど、宗三が何かを憂いていたり、多くの刀剣が気にしているのなら、早く解決した方がいいだろう。



「……薬研、仕事途中なんだけど、少し話してきてもいい?」



「明日は忙しくなるぜ?



それでもいいなら構わねえがな」



「ありがとう。



小夜、お茶とお菓子ご馳走さま。



小夜たちの部屋にお邪魔するけど、小夜はどうする?」



「僕はこの後手合わせがあるから……」



「わかった、頑張ってね」



気まずい雰囲気の相手と向き合うのは、勇気がいる。



けれど、二人だけの問題ではないのだ。



それに私自身、宗三と話が出来ないのは寂しくもあった。



部屋を出てまずは小夜たちの部屋へ向かう。



廊下から見える中庭は、霧雨のせいか少し靄がかかっていて、見通しが悪い。



ふと視界の端に淡い桃色を見つけて、そちらへ目を向けた。



雨の中傘もささずに赤紫の紫陽花の前で、探し人が佇んでいた。



その立ち姿は雨に紛れ、見落としてしまいそうに儚い。



驚いて声をかけようとして一瞬躊躇う。



それでもやっぱり放っておくことはできなくて、傘を取りに玄関へ向かい、中庭に走った。



「宗三!」



「審神者……?」



傘をさしかけ、宗三を見上げる。



夏が近づいているとはいえ、濡れれば冷えて当然だ。



宗三の肌は白を通り越して青くなっていた。



「……何、してるの」



「……紫陽花を、見ていただけです。



貴女は本当にお節介ですね。



僕は自分の意思でこうしているのですから、放っておけばいいでしょう」



これは私の推測に過ぎないが。



宗三は他人を突き放しながら、それでも踏み込んで来る誰かを求めているんじゃないかと思うのだ。



放っておけばいいとは言うけど、放っておいてくれとは言わない。



だからお節介な私は、宗三に本気で拒絶されるまでは、宗三の本心を探したい。



「宗三が大切だから、お節介でも放ってはおけない」



天下人の象徴だからではない。



一緒に過ごして、戦う仲間を大切に思う気持ちに、理由なんて必要ないだろう。



「僕なんて、このまま消えてしまえばいいんです」



「本当にそう望んでるなら、そんな気持ち、私が変える」



私以外にも、宗三を大切に思っている人はいる。



それがわからないのも、仕方ないのかもしれないが。



私の仲間の存在を、例え本人であろうと否定させたくはないのだ。



「戻ろう。



早く着替えないと、風邪ひくから」



「……はい。



屋敷に入るまでの短い間に、宗三は私を避けていたことを謝った。



謝罪の必要はないから理由を知りたいと言うと、言いたくないと断られてしまった。



非があるのは自分だから、気にしないでくれと。



後日、水盆に紫陽花を活けて宗三に渡した。



宗三からは、紫陽花の髪飾りを貰った。



降り続く雨はもう止みだす頃だが、この髪飾りはしばらく使おうと思う。


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