小夜と宗三のお兄さん、江雪左文字さんを鍛刀することができた。
憂いを帯びた表情の、一級品の太刀だ。
二人は表には出さないものの喜んでいるようなので、屋敷の案内は二人に任せることにする。
今日は太刀を狙って資材を配分してしまったので、玉鋼が若干足りない。
怪我人が出たとき困るので、買いに行くことにした。
私が出かける準備をしていると、江雪さんの案内を終えたらしい小夜が部屋を訪ねてきた。
「案内、終わったよ」
「わざわざ報告にきてくれたんだ、ありがとう」
「出かけるの?」
「うん、ちょっと玉鋼を買いにね」
「僕も行くよ。
荷物持ち、いるでしょ」
確かに玉鋼を運ぶのは大変なので着いて来てもらえれば助かるが、短刀の小夜に頼むのは申し訳ない。
「そういうことでしたら、私にお供させてくださいませんか」
襖の陰から江雪さんがおずおずと出てきた。
宗三も一緒なところを見ると、案内を終えて左文字兄弟の部屋へ戻る途中か。
「来てくださったばかりですから、休んでいてください」
「ですが、私を鍛刀したために足りなくなったのでしょう……」
まぁ、それはそうなのだが。
江雪さんを断って他の太刀にお願いするのも嫌味なので、結局着いて来てもらうことにした。
万屋へ向かう道中は、色々な話をした。
江雪さんは二人の弟のことが気になるようで、お兄さんなんだなと実感する。
同じ持ち主の元にいたこともなく、粟田口のようにはいかないかもしれないが、きっとすぐに二人と仲良くなれるだろう。
「すみません、たくさん持たせてしまって……」
「いいえ、女性にこの量は重いでしょうから……」
そう言って、荷物を半分以上持ってくれる江雪さんは、優しいしとても頼りになる。
こんなお兄さんがいたら自慢だろう。
「江雪さんみたいなお兄さんがいたら、きっと幸せですね」
「そうでしょうか………それなら、いいのですが」
何気ない話をしながら歩いていると、ふとぽつりと粒が降ってきた。
「雨……でしょうか」
急いで帰ろうと歩調を早めたが屋敷はまだ遠く、すぐに本降りになってきてしまう。
「審神者、あの木の下へ」
近くに雨宿りできそうな場所もなく、私達は木の下へ駆け込んだ。
「困りましたね……」
屋敷ではみんな心配しているだろうし、江雪さんは重い荷物を持っている。
あまりここでもたもたしているわけにもいかない。
「このままここにいては冷えますね……
審神者、走れますか」
不意に江雪さんが私に尋ねた。
「え、あ、はい……走れます、けど」
「では、これを」
差し出されたのは、江雪さんが今まで身につけていた袈裟。
これを借りてしまっては江雪さんが冷えてしまうが、それを主張する前に江雪さんは走り出した。
私もあわてて走り出すと、江雪さんは私の様子を伺いながら前を走る。
元々足は遅い方なので、江雪さんにはかなり気を遣わせてしまったが、何とか屋敷が見えてきた。
そして、私達は見慣れた二人の影を見つける。
「薬研、宗三!?」
傘をさした薬研は、私達を見ると慌てた顔で駆け寄ってきた。
「二人共、大丈夫か!?」
「私はそんなに濡れてないけど、江雪さんが………」
「私は平気です」
「今、宗三の旦那と迎えに行くところだったんだ」
見ると、薬研と宗三の手には使っていない傘が一本ずつ。
「ありがとう、心配かけてごめんね」
私は薬研から、江雪さんは宗三から傘を受けとる。
その時、宗三と目が合った。
宗三が悲しいような、怒っているような目をしているのを見て驚いたのも束の間、目は逸らされてしまった。
「……宗三?」
私の声は、雨音にかきけされる。
少しの不安を覚えながらも、私は屋敷へと急いだ。