薄暗い書庫で灯りもつけず、書物を読み耽る彼女が憎かった。
僕のことを知るも何も、あれに書いてあるのは僕のことではないと言うのに。
彼女が知りたがっているのは、宗三左文字と云う名の刀の過去、それに尽きるのだ。
それは決して、僕のことではない。
「目を悪くしますよ」
「……宗三」
まだ日は高い、どうせなら明るいところへ持ち出して読めばいいものを。
この方の考えることは、僕にはわからない。
わかりたくもない。
「ねぇ、宗三のことが知りたければ、自分に聞けばいいと思っていないかい」
年に見合わない口調と聡さに一瞬だけ驚きを覚える。
ここへ来てまだ日は浅いが、彼女には驚かされるか、苛々させられてばかりだ。
それでも建前としては、否定しておくべきか。
「とんでもない」
「うん、知っているよ。
君は自分から話すのは嫌いではないくせに、言及されるのはとても嫌いだ。
だから、私の行動に意を唱えるはずもない」
ああ、憎たらしい。
彼女こそ、嘘つきだ。
心の中で意を唱えていた僕の矛盾を、本当はわかっていたくせに。
真っ赤な紅を引いた唇が、品を損なわない程度に弧を描いているのが、憎くて仕方がない。
「簡単に言葉にできる情報もあれば、感情みたいに言葉にしにくい情報もある。
君の人となりはある程度わかったつもりだし、言葉にできる情報は、こうして本から手に入れるさ」
それとも。
そう呟いて彼女はほくそ笑んだ。
「勝手に伺い知るより、君は尋ねてほしい質なのかな」
違う、そう言いかけて思い留まった。
何を言っても無駄だ、それは事実なのだし彼女も事実であることを確信している。
憎くて頭がおかしくなりそうだ。
「もし良ければ、今から君のことを教えてくれるかい。
場所を変えよう、お茶を用意してくる」
一泡吹かせてやりたい、その一心だった。
僕は立ち上がりかけた審神者の手をとり引き寄せる。
「一つだけ、今この場で教えて差し上げます。
僕は、その唇を奪って、貴女の清ました顔を滅茶苦茶にしてやりたいくらいに貴女が嫌いです」
けれど彼女は、怯えも、焦りすらも、見せはしなかった。
ただ一瞬だけ不思議そうに僕を見上げ、そしてまた、唇は弧を描く。
「光栄だが、投げ売りするほど安い身の上ではないだろう」
それを光栄だという彼女こそ、安売りするべきではないというのに。
「君のこと、君の口からもっと聞かせてくれ。
私は君のことが知りたい」
「……物好きなのですね」
「私は何故か小娘の分際で君たちの主を名乗らなければならないようだからね。
主として、やれるだけのことはするさ」
言葉にしない部分で会話する。
彼女は、僕が特別なわけではなく、全員にそうしていると言いたいのだろう。
知っていた、なのにどうして落胆することがあるのか。
「これからの働きに、期待しているよ。
私を嫌いなら、早く戦いを終わらせて解放される他ない」
全てわかっているかのような彼女が憎くて仕方がない。
僕は、彼女が嫌いなんだ。
こんなに強かな彼女に、どうにか一泡吹かせてやりたい。
それにはまず彼女を、知らなければならないから。
話だけはしてみるか、なんて思う自分は全くもってらしくない。
調子を狂わされるのも、本意じゃない。
なのに、なんだか高揚している自分がいた。
Fin.