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私の部屋の縁側につけた風鈴が、ちりん、と小さく音をたてた。



それ以外は、ほぼ無音。



私が紙をめくる音が、時折空気を揺らすだけ。



そんな静寂を、もう一人の人物はどう感じているのか。



私は沈黙を気にはしないが、一応問いかける。



「暇ではありませんか?



特にお手伝いしていただくこともないので、戻ってくださってもいいですよ」



「貴方が邪魔だと仰るなら出て行きますが」



「……いえ、そんなことは」



会話は、それでお仕舞い。



再び彼は、中庭に目を向ける。



目の前にいる桃色を纏った打刀は、いまいち何を考えているかわからないのだ。



それを解消しようと、今日の近侍に指名したのだが、特に話をするわけでもなく。



おまけに今日の仕事は、特に手伝ってもらう必要もないもので。



このまま、呼びつけておいて退屈させてしまうくらいなら、戻ってもらっていいと思ったのだが。



彼は私の申し出にも積極的な態度は見せず、けれどひたすら庭を眺めていた。



「……もうここには慣れましたか」



「そうですね、顔見知りも兄弟もいることですし」



問いかけにはきちんと答えてくれるけれど、やっぱりどこか淡白だ。



決して、聞いた以上のことを答えはしない。



「……不満や、困っていることはありませんか」



「随分お節介なのですね」



予想外の拒絶に息を飲んだ。



宗三はいつの間にか庭から目を離し、睨むでもなく、ただこちらを見つめていた。



「……申し訳ありません」



「不満はありませんが、苛つくことならありますよ。



何故貴女は、戦争の指揮を取らされ、男所帯の中で、政府に文句も言わず暮らしているのですか。



貴女のおおよその仕事は把握したつもりですが、要は政府にいいように使われているだけでは?



それなのに何故、笑っていられるんですか。



そう考えると、苛々します」



突然の厳しい言葉に困惑はしたが、問われていることはわかった。



向こうがどんな反応を予想していたかはわからない。



私が困ったり、泣いたりすると思ったから、今までずっと言わなかったのもしれない。



けれど案外、私はその問いに対して確固たる答えを持っている。



それ以上戸惑うこともなく、私は彼の目を見て答えた。



「簡単なことです。



私は、幸福だから、笑っているんですよ」



「……幸福?」



「確かに私は、半強制的に審神者になったようなものです。



最初は戦のことを何もわからず、困惑したのも事実です。



それでも、皆さんは私によくしてくれます。



こんな私でも、ここが自分の居場所と思える。



それは、とても幸福なことです」



現世に置いてきた物も、置いてきた人もいる。



懐かしむことも、確かにある。



それでも、ここでの日々は私にとって、現在の暮らしと同じくらい大切なものだ。



「みんな、何かを失いながら生きているのだと思います。



そしてその中から、新しい何かを得ることだって、できると思います。



だから、お節介でも、貴方にも何か得てほしいです。



もう、お飾りでも、籠の鳥でもありません。



貴方には翼があるし、籠は開かれています」



宗三からは、自分で自分を縛り付ける、そんな印象を強く受けた。



「もし難しいようなら、私も一緒に、宗三の自由を探しますから」



「本当にお節介ですね……



貴女のことを少しでも控えめなのかと思っていたことを後悔しましたよ」



「控えめな私には苛つくんでしょう?」



そう言って微笑んで見せると、宗三も挑発的な笑みを返した。



初めて見る、宗三の笑顔。



「まあ、存外に意志の強かった貴女は、嫌いではありませんが」



「光栄です」



多分、ここにいる刀剣の多くは私の気持ちを知っている。



けれど、新顔の宗三に、控えめと思われていたとは。



そう思われるのも悪くないが、控えめでは審神者なんて勤まらない。



「本当は、今日は宗三と親しくなりたくて近侍になってもらったんです。



いい結果になって良かった」



「僕も、同じことを考えていましたよ」



「それは嬉しいですね」



宗三だけではない、私は私を幸福にしてくれるみんなを、幸せにしたいのだ。



宗三は、着任したばかりの私に、少しだけ似ている。



あの頃私を励ましてくれた初期刀の彼のように、今度は、私が。



「空が、あんなに綺麗ですよ」



「……そうですね」

fin.



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