刀剣main | ナノ




その方は、髪も、肌も、服も真っ白な、美しい刀を持った美しい方だった。



「お嬢さん、この店で何かいい簪はないか?」



「はい、少々お待ちください」



街の大通りに面し、食材や日々の消耗品から、食器や茶器、装飾品の類まで揃えてあるこの万屋は、その日も賑わっていた。



そんな中、その色彩も去ることながら人とは思えないような美貌を持ったその男性は、一際目立っていたように思う。



「贈り物、ですよね?



好みの色などございますか?」



「特にそういうのはないな、君のお勧めは何色だ?」



「そうですね、昨日入ったこちらの紅色など如何でしょう」



「なら、それを」



私は簪を贈り物用の和紙に包みながら、ひっそりと、この方がつけてもお似合いになるだろうな、と考えていた。



声や話し方も男性のそれだし、容姿も特別女性らしいわけではない。



その方は、ただただ美しかった。



「お待たせ致しました、お気をつけてお帰りください」



「ああ、また来る」



どこか裕福な武家の方なのだろうか、などと思いながら、その日はその方の事など忘れていってしまったが。



また三日程経った頃、彼は店にやってきた。



「今日は玉鋼と木炭が必要なんだ」



「かしこまりました、分量は如何致しましょう」



彼が述べた分量は結構なもので、一体何に使うのかと思ってしまった。



「今、何に使うのか不思議に思っただろう?」



「あ、いえ、そのようなことは………」



「俺たちの治療さ」



あまりに真面目な顔でそう仰るものだから、私は一瞬信じてしまいそうになった。



「なんてな、冗談だ」



「お人が悪いですよ」



「刀を鍛えるんだ」



「そうなんですか」



やっぱり、武家の方だったようだ。



男性にしては細いような気もするが、立派な刀を携えているあたり、腕の立つ方なんだろう。



そんな方が女性に贈り物をするからには、許嫁だったりするのだろうか。



家臣とは、主君の許しなしには結婚もできない身分だと聞く。



それでも、私のような町娘にとっては天上人のようなものだが。



彼は、それからも定期的に来た。



砥石や玉鋼を買うときもあれば、女性への贈り物を買って行かれることもあった。



口紅や爪紅、髪飾りなど、様々なものを買って行かれたが、色は決まって紅色だった。



最初に勧めた紅色の簪が余程お似合いになったのだろうか。



そう思うと、私は誇らしい気分になった。



彼は見た目に反して飄々とした、明るく楽しい方だったので、たまに話すのは楽しかった。



彼は鶴丸さまというらしく、お家での生活やお仲間について、よく聞かせてくださった。



一度だけ、私のことを聞かれたが、私は親とも死別しており、特に話すようなことはないのだというと、まるで自分のことのように悲しんでくださったこともある。



私は、かつてないほど満たされていた。



心の中で育ちかかった気持ちを、無視するのならば。



「よう、お嬢さん」



「鶴丸さま。



いらっしゃいませ」



「今日は、だな………その、女性物の帯を、探している」



私は何かを悟った。



きっと、婚姻が近いのだ。



そんな大切な贈り物を任されたなんて畏れ多いが、私は相手方の着物の色を問い、それに合わせていくつか選んだ。



彼はやっぱり紅色を選んだ。



「お相手の着物は白でいらっしゃるんですね。



鶴丸さまと並ばれたら、さぞかし美しいでしょう」



きっと、婚姻が済んでも、愛しい奥方への贈り物を買いに、また来てくださるだろう。



私はそれで、充分だ。



「またのお越しを、お待ちしています」



私は店先へ出て鶴丸さまを見送った。



見えなくなるまでこらえていた涙は、彼が角を曲がった瞬間溢れてしまったけれど。



初めて殿方に抱いた憧れなど、叶わないのが常であるし。



そもそも、身分が天と地ほどにも違うのだ。



私は店の奥で、少しだけ泣いた。



そうして、彼への気持ちを、忘れることにした。



その夜。



店を閉めようと外へ出ると、鶴丸さまがいらした。



「鶴丸さま……!?



何かお忘れ物でも……?」



もしやお釣りが間違っていたのだろうかと、血の気が低く思いの私を、鶴丸さまは抱擁した。



「君を、迎えに来たんだ」



「仰る意味が、わかりません…………」



鶴丸さまは私を抱き締める力を尚も強め、続けた。



「ここで簪を買うずっと前から、俺は君を知っていた。



毎日笑顔で接客する君に、惹かれていた。



俺のものに、なってくれないか」



「いけません………贈り物の相手は、どうなさるのですか」



「あれは全て、君への贈り物だ。



ここで買った物と俺が選んだ花嫁衣装を受け取って、俺の嫁になってほしい」



鶴丸さまの仰ることが私の理解の域を一瞬越え、そして私は自分が幸福であることを知った。



けれど、私は鶴丸さまにお渡しできるものも、お返しできるものもない。



それに鶴丸さま自身、ご自分の立場をどうなさるおつもりなのだ。



「君が俺と来てくれるなら、俺は他に何も望まない」



「いけません、鶴丸さま」



「君の気持ちだけを聞かせてほしい。



君が俺を心から拒むなら、俺は二度と君の前に姿を現さない」



心から拒むなんて、そんなことをできるはずもない。



「俺と、来てくれるか」



「………はい」



鶴丸さまは、たくさんの装飾品と、今日買われた帯、それと真っ白な着物を差し出した。



それら一つ一つが、着物以外は、私にとって見覚えのあるもの。



それらを店の奥で身につけ、代わりに脱いだ着物と簡単な書き置きを残し、私は鶴丸さまの元へ戻った。



「………綺麗だ」



「………勿体ない、お言葉です」



「もう一度だけ聞く。



本当にいいのか?



もう、戻っては来られないぜ」



「私も、鶴丸さま以外望みませんから」



「わかった………それじゃ、行こうか」



私は鶴丸さまの手を取った。



特別不幸なわけではなかった。



特別幸福なわけでもなかった。



そんな私はその瞬間、世界で一番幸せになれたと思う。



「これで君も鶴だ」



鶴丸さまがそう呟いた意味はわからなかったけど。



これは、ありふれた神隠しの話。

fin.



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