ねえ、君は信じないかもしれないけど。
僕は、君がいれば他には何もいらないんだよ。
「主、おはよう。
今日はよく晴れた、洗濯日和だよ。
午後のお茶うけは何がいい?
久しぶりに、君の好きな羊羮を作るのもいいね」
僕は明るい部屋の真ん中で、盛り上がったままの布団に語りかける。
布団の主が起きることはない。
僕が愛し、此処にいる刀剣全てが愛した主は、病気で死を待つのみだった。
最初は体調を崩しがちになり、歩けなくなり、立ち上がれなくなり、そして目を覚まさなくなった。
政府から送られてくる点滴を打つ以外の世話は、全て僕がしている。
そうしなければ、いられなかった。
僕は努めて明るい声を出し、毎日彼女におやつを用意し、いつ目覚めてもいいようにしていた。
そんな僕を痛ましく思う刀剣もいるようだ。
彼女が目覚める可能性が低いことくらい、僕にもわかっている。
それでも、僕はそうする以外に、生きていけなかった。
「もう一度、君が嬉しそうに僕の料理を食べてくれるところが見たいな。
もう一度、君の笑顔が見たい。
もう一度、君の声を聞きたい」
君がいるだけで、僕の毎日は輝いていた。
きっと君は笑うだろう。
馬鹿な僕を笑って、そして呆れたように眉を下げる君が想像できる。
それでも言い続ければ君はきっと照れて、怒りだしてしまう。
僕は君のどんな表情でもいいから見たかった。
そうでないと、他でもない、僕が壊れてしまいそうで。
彼女の頬に手を伸ばした。
以前は薄く桃色に色づき、すべすべとしていた肌は、今はもう、病的にかさついている。
それでも彼女は、世界で一番美しい。
「君の声を、聞かせて」
僕の言葉は届いているだろうか。
届かないなら、叶わないなら。
いっそ彼女に、楽になってもらいたい。
僕自身も、楽になってしまいたい。
こんな風に、全てを周りに任せて息をするだけの毎日を、彼女は望んでいるのだろうか?
ねぇ、もし君が全ての終わりを望むなら。
君を終わらせる役目は、どうか僕に。
君がいなければ曇っていくばかりの心は、もうきっと手遅れだ。
だから、そんな壊れた僕を君の血で飾って、二人何処かへ旅立てたら。
灰色の未来さえ、もう一度輝くかもしれないから。
僕は君を愛している。
これからも、ずっと。
君が死んでも、骨になっても、魂になってもずっと。
だから、審神者なんてもう辞めて、その美しい体も捨ててしまって、そうしたら蝶が羽化するように、君は自由になれる。
僕は君を自由にしたい、僕自身を自由にしたい。
そんな僕の我が儘を、どうか、許してほしい。
愛しい君に、永遠を。
fin.