「私を、部隊にいれていただけませんか」
江雪さんのそんな申し出は、私にとって意外すぎた。
江雪さんは争い事が嫌いで、戦を好まなくて、馬や作物の世話のほうが好きという変わった刀なのだ。
刀を抜くより先に、平和に解決すればいいのにと、和睦が大切だと、いつも言っている。
そんな、江雪さんがどうしてまた。
「いきなり第一部隊に入れろとは言いません。
短刀達の率いる隊で良いのです」
「でも……江雪さんは戦いが嫌いでしょう。
無理強いしたくはありません、今まで通り馬や作物の世話をしていただいていいんですよ」
普段は逸らされがちな視線が、今日はまっすぐ私を捕らえていた。
「今の部隊が頼りないですか?」
だとしたらそれは皆の力を引き出せない私の責任であるし、私の不甲斐なさが江雪さんに無理をさせていたら心苦しい。
けれど江雪さんはゆっくりかぶりを振った。
「どうして、急にそんなことを?」
「言わなければ、なりませんか。」
静かに見つめられて、一瞬たじろぐ。
江雪さんは強い、戦いたいと言うなら深く言及せず戦ってもらったほうがいいのかもしれない。
けれど、江雪さんの争いに対する悲しみは、そんなに急に覆るものだったとは思えないのだ。
私は刀剣男士全員を、ただの刀だとは思っていない。
刀でありながら戦いたくないと言うなら、ここで穏やかに暮らしてもらったっていいと思っている。
それなのに戦いに出るとはどんな心境の変化か、もしくは望んでいないのにそうせざるを得ない事情があるのか、どちらにせよ一人で考えてほしくない。
特に、悲しみを一人で抱え込みがちな江雪さんには。
「差し支えなければ、教えてください」
江雪さんはため息をついて口を開いた。
「貴女は若く、そして不幸です。
このような不毛な争いに巻き込まれ、短い人生を費やしている。
私は争いなど好みませんが、この戦いを終わらせ、貴女を救う手助けになるなら、私の願いなど殺してしまってもいいと思いました。
私はどうやら、人を殺すのに長けた刀のようですから」
とても静かな目だった。
映された私は一度も揺らがない。
けれど、本当は嫌に決まっている。
確かに本人のいう通り、江雪さんは皮肉なことに高い性能を兼ね備えた刀だ。
錬度で大きく勝る短刀と同じ戦場に出しても、引けはとらないだろう。
それを実感したら江雪さんは、ますます自分を嫌いになってはしまわないか。
「江雪さんは、戦いたいのですか?
敵の体に刃をめり込ませ、肉と骨を断つ感触を感じ、血を浴び、断末魔を聞きたいですか」
「それは………」
「そうしたい人もいます、それが気にならない人もいます。
そういう人は、戦ってくれたらいいと思います。
でも、江雪さんは違いますよね。
私を解放するために言ってくれていたなら、そのお気持ちはとても嬉しいです。
でも、そもそも、私は不幸なんかではありませんよ」
そう、私は不幸ではないのだ。
「ここに来たおかげで、江雪さんにも、他のみんなにも会えました。
みんなよくしてくれるし、江雪さんはいつも隣にいてくださいます。
私は、とても幸せです。」
私はいつしか、江雪さんが隣にいてくれることに、他の人といるときとは違った幸せを感じていることに気づいていた。
私は江雪さんに、変わらないままでいてほしいのだと思う。
少なくとも、私を戦いから解放するために変わってしまってほしくはない。
「江雪さんの隣でお茶を飲んで、何を話すでもなく一緒にいる日々は、とても満たされています。
これは私の我が儘ですが……江雪さん、戦場に行かないでください。
戦場に出向けば、いつか帰って来なくなる日も来るかもしれません。
私は、それがとても恐ろしいです」
そう、結局私の我が儘でもあるのだ。
江雪さんの目が、驚いたように見開かれる。
「幸せと言えるのですか。
今の貴女は、結局のところこの場所で、誰かの欲望の為に利用されているのでしょう」
「江雪さんの隣でなら、いいと思えるんですよ」
「貴女は、変わった人ですね……」
江雪さんに言われると複雑だ。
「ですが、そんな貴女だからこそ、私は慕っているのでしょう」
「……え?」
「迷惑でしたでしょうか……私は、貴女を慕っているのです。
宗三や小夜と同じくらい、貴女を大切に思っています」
落ち着け、私。
きっと江雪さんは親愛の意味で言っているのだから。
混乱する私を、江雪さんはいつの間にか腕の中に収めてしまっていた。
「慕ってるって……そういう意味、なんですか」
「ええ、おそらく」
この人は、戦以外は割と積極的なのかもしれない。
全く意外だ。
私は馬鹿みたいに熱かったけど、江雪さんは涼しい顔をしている。
握った手はひんやりとしていた。
「貴女は、どうですか」
「私、ですか」
「本当は、告げるつもりはありませんでした。
ですが、貴女が私といて幸せを感じると言ってくださったので告げてみたのです。
貴女は私を、どう思っていますか」
この気持ちは恋なのだろうか。
よくわからないけど、きっとこの鼓動に従えばいいのだと思う。
私は無言で、江雪さんの薄い唇に自分のそれを重ねた。
「!!」
「好きです、江雪さん」
「順序が逆ではありませんか……」
「些細なことです」
「全く貴女は……」
江雪さんの腕の中は、それでもやっぱり涼しかった。
Fin.