私が審神者として就任して、3ヶ月と少しが経った。
敵との戦いにも慣れ、刀剣も集まってきた。
政府が存在を確認している刀剣男士のうち、8割近くはこの本丸に揃っている。
そしてようやく、天下五剣が一振り、三日月宗近を迎えるに至った。
早い段階で迎えた今剣は、岩融や石切丸が来たときもはしゃいでいたが、やはり三日月宗近に対する感激は大きいようだ。
三日月としても、短刀になつかれるのは悪い気はしないらしく、まるで祖父と孫のように微笑ましい。
粟田口の短刀達はその貫禄、権威に未だ近付けずにいるらしいけれど、仲良くなるのも時間の問題だろう。
して、私はというと。
件の三日月宗近を、恐ろしいと感じている。
恐ろしい程の美しさもそうだが、あれは良くない。
審神者である私が少しでも頼りないと思えば、ばっさり切り捨てにかかりそうな冷たさを感じる。
だから私は三日月が来て以来、審神者としての威厳を保ち、失敗をしないよう必死だ。
「別に、そんなに怖がることないと思うけど」
「君や安定に比べたら、かなり親しみにくいよ。
親しみ易そうなところが、更に親しみにくい」
加州や安定は、思ったことはすぐに口に出す。
そこには遠慮も容赦もあったものではないし、私もだからこそ言い合えることがある。
けれど、三日月は不満があっても口には出さず、代わりに改善されないようなら私を容赦なく殺すのではないかと。
ろくに話したこともないのに、被害妄想の激しいことだとは思う。
けれど、仕方ない。
千年以上を生きた人と触れ合うのは、当然初めてだ。
向こうから接触してくるまでは、様子を見よう。
そう、思っていたある日。
三日月の方から、私の部屋を訪ねて来た。
心の準備ができていなかった私は少し焦る。
「して、主よ。
何故俺を嫌うのだ?」
「嫌いなわけではありませんよ……
ただ、その、少し苦手意識があるだけで」
別に、本当に嫌いなわけではない。
「俺が直せば済むことなのか?」
「……わかりません。
三日月宗近さんの美しさを、恐ろしいと思ったこともあります」
それに、殺されそうだと私が勝手に思っているだけなのに、三日月が直すところなんてない。
「それだけか?」
三日月の瞳が近くにあった。
夜空と三日月のように、紺と黄金が重なり合っていた。
この見透かされそうな感覚も、好きではない。
「それだけ、じゃ、ないですけど……そうやって、全部見透かされてるみたいなのも怖いですし。
私は、いつか、貴方に斬られるのではないかと」
言ってしまった。
三日月は難しい顔をした後、静かに尋ねた。
「何故、俺が主を斬る」
「貴方は長く生きて、私なんかよりずっと賢く、尊い存在です。
貴方からしてみたら、私はつまらない人間ですから。
私なんかに使役されるのは、お嫌かと」
段々どつぼにはまっていくのがわかった。
私の被害妄想なら申し訳ないし、もし三日月にそのつもりがあったら今斬られてもおかしくない。
「ふむ、ならば仕方がないな。
俺が長生きなのも、主が俺を苦手だと言うのも、致し方ない問題だ。
しかし心外だな、俺が主を斬るはずがないというのに」
「申し訳、ありません………」
「俺が信用できないというなら、これから毎日共に茶を飲むか?
飲み食いしている間は人は無防備だという、腹を割って話せることもあるだろう」
味がわからなくなりそうだ。
でも、いつまでもこのままというわけにもいかない。
「………よろしいのですか」
「主が良いと言うなら」
「……では、明日の八つ時に」
「あいわかった、楽しみにしているぞ」
食わず嫌いは良くないというが、対人関係では更にご法度だろう。
今まで、三日月には悪いことをしていたかもしれない。
私は、今日のお使い組にお茶菓子を頼んだ。
せめて、少しずつ歩み寄らなくては。
そして、翌日。
約束の時間に、三日月は来た。
抜刀して。
「三日月、さ、」
「察しがよすぎると、寿命を縮めるぞ」
ああ、ほら
私は、間違ってなかったじゃないか
「ど、して……」
「はて、何故だろうな。
主の采配では、いつか俺や他の者が折れてしまうから、だろうな。
それに、早く殺さなければ主はもっと俺を警戒していただろう」
ほら、見ろ
先見の明とか、年の功とか
だから嫌なんだ。
「せめて、主がもう少し愚かであったなら、戯れに生かしてやったものを」
意識が途切れる瞬間、私は三日月の瞳を間近で見た。
美しい三日月は、妖しく輝く。
だれだったか、月は満ち欠けがあって不誠実だと言ったお姫様がいたな。
盲目なお姫様だったけど、その意見は正解だよ。
「死ね、三日月」
私の苦し紛れでしかない呪いの言葉は、彼に届いただろうか。
ああせめて、誰も、三日月に歯向かってくれるなよ。
後を追われても、歓迎はしてやらないぞ。
Fin.