私の誕生日を翌日に控えた日、私は恋人の光忠の誘いで彼のマンションに泊まりに来ていた。
日付が変わった瞬間に、誰より先に祝ってくれるらしいのだ。
彼の言うところの、かっこ良さというものだろう。
面と向かって祝ってくれなくても、電話やメールをくれるだけで嬉しいけど、やっぱり一緒に過ごそうと言ってもらえるとわくわくした。
「お邪魔します」
「うん、上がって」
彼の部屋はいつも通り綺麗に片付いていて、そして今日は甘い香りがした。
「ケーキを焼いて冷やしてあるから、日付が変わったら食べようか?」
「夜中に食べたら太っちゃうな」
「一日だけなら大丈夫だよ」
今日は夕食を食べてから来たけど、明日の夕食は光忠が作ってくれるらしい。
「それより、明日の夕食は本当に僕が作っていいのかい?
今からならレストランも予約できるよ」
「いいよ、光忠のご飯食べたい」
「じゃあ、腕によりをかけなくちゃね」
光忠は多分、私より料理が上手だ。
手間を惜しまないというのが大きいのだろう。
「そうだ、君が観たいって言ってた映画のDVDを借りたから観ようか?」
「本当?
ありがとう、観たい」
光忠の家のテレビは大きい。
テレビの前のソファーで、光忠の足の間に座ってテレビを観るのが好きだった。
「電気、消そうか?」
「……うん」
今日の映画は、誕生日前日に恋人と観るには少しそぐわない、古いホラーの名作だ。
昔は恋愛映画や、おとぎ話のリメイクが好きだった。
趣向が変わったのは、光忠と付き合ってからだ。
どんなにロマンチックな映画の男性よりも、光忠が格好いいから。
そこからホラーになったのには、特に深い理由はないけど。
ホラー映画は、大体が男女二人で謎に挑むものだ。
ほんの少しの恋愛要素の意味合いなこともある。
画面の中の女性は、大抵男性の助けを待たずにホラースポットへ乗り込んでいく。
観ているこっちが恐ろしいくらいだ。
映画もクライマックスに入ると、私は光忠の腕を体の前まで回して、その手を握りしめるようにして画面を見つめていた。
夜中のマンションということで、叫びはしないように。
その後、穏やかなBGMが流れ、映画は終了した。
「怖かった……」
「僕も少しはらはらしたよ。
続編も借りておこうか?」
「続編は面白くなくなるからな……
私が観て面白かったら持ってくるよ」
「それじゃあ君が怖がるところが見られないな」
光忠は私を立ち上がらせると、そのままテーブルにつかせた。
「もうすぐ日付が変わるけど、その前に少し準備があるから待ってて」
そう言って光忠は台所に消え、しばらくすると甘い香りが漂ってきた。
「何してるの?」
「もう少しでわかるよ。
ほら、もうあと一分だ」
そう言いながら光忠は、グラスとワインボトルを運んでくる。
このタイミングの良さとスマートさは、一体どうやって身につけたのか。
最後に光忠は銀の蓋を被せた大きなお皿を持って、自分も座った。
そして、静まりかえった部屋で、時計がかちりと針の音を立てる。
「誕生日、おめでとう。
今までもこれからも、僕は変わらず君を愛しているよ」
「……私もだよ、光忠」
「君が生まれてきてくれたから、僕は今とても幸せだ」
なんだか改まって言われると照れてしまう。
光忠は、銀の蓋を外した。
「……これは何?」
皿に乗っていたのは、まんまるいチョコレートドーム。
「これを、このチョコレートにかけてほしいんだ」
そう言って渡されたのは、温められたチョコレート。
言われた通りそれをチョコレートに回しかけると、ドームが溶けて苺で飾られたケーキが現れた。
溶けたチョコレートとブランデーの香りのチョコレートソースがケーキを彩る。
「わ、すごい……」
「じゃあ、切り分けてくれるかい?」
「うん……」
真ん中辺りにナイフを添え、切り分けようとしたら、ナイフが何やら硬いものに当たった。
「あれ………何、これ」
硬いものの正体は、もう一つの小さなチョコレートドーム。
「……これは、僕の気持ちだよ」
中には、なんと台座に収まったプラチナの指輪が入っていた。
「えっ……すごいサプライズ……」
「僕と結婚してください」
「………はい」
言いたいことはたくさんあったのに、言葉にならなかった。
「……かっこつけてるけど、僕は本当は駄目なところもあるんだ。
そんな僕でも、いいかい?」
そんなのは決まっている。
「……いいに決まってるよ」
私からしてみれば、光忠は誰より格好よくて、否の打ちところがないのだから。
「光忠こそ、私でいいの?」
「君がいいんだよ」
何だか気持ちがふわふわするのはブランデーに酔っているからなのか。
私の人生で一番幸せであろう誕生日は、始まったばかりだった。
Fin.