小夜が破壊された。
私は、何も考えたくない頭で、それでもみんなに手入れの指示を出した。
重傷、中傷の刀は手伝い札を使って手早く、その後に軽傷の刀を手入れする。
全ての指示が終わったとき、私の手の中に残ったのは、短刀一振り分の重さの布袋だった。
「主のせいではありませんよ。
僕たちは戦場で戦っているのですから。
小夜は、僕よりも戦場というものを理解していましたし」
そう言ってくれる宗三にも、いつもの笑みはない。
私は、床に手をつき頭を下げた。
宗三は私の胸ぐらを掴んで立たせ、呟いた。
「貴女は小夜をお飾りにしなかった。
その結果小夜が折れたことを、後悔されているかもしれませんが。
僕を、部隊から外すことは許さない」
相手を切りつけて自分が切りつけられて、初めて自分が刀であると実感できるのだと、宗三はそう言って去った。
宗三は今日、重傷で帰って来ていた。
私は、みんなをお飾りにしてしまいたくなくて、部隊に組み込み続けた。
けれど、それが正解だったのか。
敵が強くなっていく中、私の判断は愚かでしかなかったのかもしれない。
ただでさえ私は、頭のいい審神者ではない。
分をわきまえ、太刀や大太刀に、全て任せておけば。
もしくは、恨まれるか失うか、二つに一つを選ぶべきだったのだ。
失いたくないなら、恨まれてでも囲っておくべきだった。
そうして私は宗三のことも、失う覚悟を決めなければならないのか。
「審神者」
私を呼ぶ静かなその声は、江雪左文字さんの声。
「江雪、さん」
「小夜は、その中に……?」
私は黙って頷いた。
「申し訳、ありません……」
私は宗三にしたのと同じように、江雪さんに頭を下げた。
他にどうしたらいいのか、私にはわからない。
「顔を、上げてください。
貴女を恨むのは、間違っています」
間違っているだろうか。
「破壊されてしまった後なら、誰にでも、何が正解だったとも言えるでしょう。
ですが貴女は、自身で決断を下さなければならない。
私たちが不用意に責められるほど、軽い身分ではありません」
「それが、仕事なんです」
みんなと違って、戦場には向かわない。
死ぬことも、ない。
そのくらいの責任はあって当然だ。
「貴女を恨んではいません。
ですが……私の心のうちには、復讐心が芽生えてしまいました……
復讐など不毛です。
新たな憎しみ以外に、何も、生み出しません。
わかっているのに、敵が憎い。
私は、醜い自分が恐ろしいのです……」
今更だ。
小夜を失った後に悔やむのも今更。
この人たちに、人間の器と感情を与えてしまったのも、今更。
「江雪さん、全てが終わったら、私を斬ってください。
今は責任を果たし切っておりませんが。
いつか全てが終わったら、私を殺して、人間への復讐としてください」
私一人の命では、とても足りないけれど。
どのみち私は、極楽浄土へなど行けはしない。
「……江雪さん?」
「私は、貴女を愛しています。
小夜を失った悲しみを、どうして貴女にぶつけられましょう」
「離して、ください」
私は、江雪さんに抱き締められていた。
江雪さんの腕の中は、冷たい静かな香りがした。
「……私は、宗三も殺すかもしれませんよ」
「知っています、宗三が貴女に言ったことは。
宗三がそれを望むなら、仕方のないことです。
……何故、皆で平和に暮らせないのでしょう………」
そこまで言って、江雪さんは何か思いついた様に顔を上げた。
「……では、貴女を斬る代わりに、貴女の命を私に預けてはいただけませんか。
次こそはただ平和に暮らせる場所に、一つだけ、心当たりがあるのです。
審神者さえよろしければ、そこで、私の……妻に、なってください」
「………それは、無理です……
私には、幸せになる資格など……」
これは、所謂プロポーズなのか。
けれど、そんな甘えと逃げが、許されるわけがない。
「貴女は、私が嫌でしょうか」
「そんなことは……」
「私の神域でなら、小夜と宗三ともいられるでしょう。
嫌であれば、今、私を拒んでください」
江雪さんが私を抱き締める力は、今は腕を添えているだけのように緩くなっていた。
そんなのは、ずるい。
「………困ります」
「申し訳ありません……」
謝りつつも、江雪さんは引く気がないらしい。
………なら、もう、甘えてしまってもいいだろうか。
今更何かに気を使っても仕方がない。
「……私が審神者としての役割を終えたら、私は現世に呼び戻されます。
その前に私を、拐ってください。
審神者としての責任からは、逃げたくありませんから」
「………わかりました」
私は江雪さんの腕の中から抜け出した。
次にここに戻ってくるのは、全て終わってからだ。
「私、何があっても、負けたくないです」
「……そうですね」
私はもっと強くならなければ。
同時に、もう誰も死なせないよう、精進しなければいけない。
来る幸せな日に、心から笑えるように。
Fin.