※紺文字:安定視点
襖の向こうに、誰かの気配を感じる。
誰かの、と言っても、こんな夜更けに私の部屋を訪れる心当たりは一人しかない。
「加州、入っていいよ」
躊躇いがちに開かれる襖の向こうには、浴衣姿の加州清光が立っていた。
「主、……起きてたの」
「起きてた。
………加州、おいで」
加州は私の恋人だけど、彼が私の部屋を訪れるのに甘い理由はない。
「また、良くない夢を見たんだ?」
「……池田屋の、夢」
やっぱりか。
最近、歴史修正主義者は幕末の池田屋事件を修正しにかかっていた。
加州と安定、特に加州は出陣させないようにしているけれど、加州は色々と気にするタイプなので、出陣した部隊に状況を聞き出したりしてしまうのだ。
そうして、悪夢にうなされるらしい。
全く世話の焼ける話ではあるけれど、邪険にするわけにもいくまい。
私は恋人以前に、彼の主なのだから。
「俺……使い物にならなくなったんだ。
俺、愛されてたかな。
あんなすごい人に使われて、俺は幸せだった。
でも、どんなにすごい人でも、いつかは死んで行くんだ。
……主も、永遠になんて生きられない」
審神者だなんだと言っても、私は結局ただの人間と変わらない。
いや、普通の人間より短命だ。
加州には言っていないけれど、三十路までは生きられない。
それなのに不用意に彼らに器を与え、感情を与えてしまった業は深い。
「加州、泣かないで」
「主……」
加州のルビーのような瞳から零れ落ちる涙は、綺麗だった。
お伽噺のように、このまま宝石になったとしても、私は驚きはしないだろう。
「ああ、そうだ」
宝石になってしまえばいいのだ。
加州のように美しくはなれない私にも、宝石を生み出す手段はあった。
「私が死んだら、私の骨でダイヤを作ったらいいよ」
遺骨でダイヤを作れると、いつかどこかで聞いた。
ダイヤなんて言ったって、ものは木炭と同じなのだ。
「だいや?」
「世界で一番硬くて、絶対に割れなくて、人間の間では、愛の証としてプレゼントされたりする透明な宝石。
私が死んでも、私から作った宝石は、長い間加州と一緒にいるよ」
きっと、加州に似合うだろう。
ピアスにしても、指輪にしても、髪飾りにしてもいいかもしれない。
「……遺骨、くれるの」
「うん。
加州だけに、私の遺骨をあげるよ」
私は審神者である以上、恋仲の加州だけを大切にするわけにはいかない。
そのことで何度も加州を不安にさせてきたから、最期にそれくらいの贔屓は許されるだろう。
「じゃあ、主より先に俺が死んだら、俺の刀身あげる。
人間は、夫婦の契りに指輪を交換するんでしょ?
俺の刀身で、指輪作ってよ」
「……いいの?」
刀として鍛え直せば、また美しい刀になれるかもしれないのに。
「いいよ。
俺の最後の持ち主は、主がいい」
私たちは、お互いに一瞬を生きている。
加州にとっては私の一生なんて一瞬だし、加州はいつ死んでしまうともしれない身だ。
それでも、片方が欠けてしまっても、生きる義務のある私なのだから、どんな姿になっても、私は加州の傍にいなくては。
私と加州は、手を繋いで眠りについた。
一日でも長く、こんな安らかな日々が続けばいいと願いながら。
その約束をしてから五年後、二十二歳で私は一生を終えた。
加州清光は、知らなかったんだろう。
いや、主も知らなかったに違いない。
主が死んだら、僕らは残された力を使い果たした後、人間の体を失うことを。
全く、世話の焼ける二人だ。
二人の妙な約束のせいで、事が済むまで僕はこの世を離れられない。
とっくに体もだるいし、沖田くんに会いに行きたいのにさ。
主が死んだ後、僕らは主を火葬した。
きっちり遺書が残されてて、遺骨を宝石にするっていうパンフレットまで用意されてて。
そんな特別な約束をもらってたくせに加州清光がいつまでもめそめそ泣いてるから、僕が依頼する羽目になった。
勝手に個数を二つに書き換えて注文してやった。
大きさは小さくなるけど、この際二つ作った方がいいんだろう。
それが、今日届く予定だ。
加州清光は、とっくに一人消えてしまった。
約束のだいやを見ないで消えていくなんて、本当馬鹿。
僕がいなかったら、二度と見られないよ。
政府の人間が持ってきただいやと、加州清光の刀身を持って、鍛刀部屋に向かった。
もう二度と、刀が生み出されることはない部屋。
そこに住む式神に、指輪作りを言い付けた。
サイズなんか知らないけど、加州清光と主のものだって言ったら自信ありげに頷いたから大丈夫だろう。
出来上がるまで、僕は縁側で待つことにした。
この本丸にも、もう何人も残っていない。
長い戦いだったけど、僕らはようやく解放されるんだ。
主も、遅くなったけど、平和な日々を過ごせるだろう。
審神者は短命なのだと、主はいつか言った。
自分の命を削って、僕らを使役するのだと。
若い命日だったのに、遺書が残っていたのは、主がその運命を受け入れていたからだろう。
人としての日々は短かったけど、僕は幸せだった。
このまま消えれば、沖田くんに会えるのかな。
だとしたら、それ以上望むことはない。
指輪が出来上がったみたいだ。
受け取ったそれは、多分悪くない出来なんだろう。
加州清光の刀身でできた台座は、パンフレットに載っていた、ぷらちな?にも劣らない輝きな気がした。
それを、二つ共皆で作った主の墓に添えた。
これで、僕もようやく向こうに行ける。
ねぇ主、最期に一つだけ。
僕も主が好きだったよ。
加州清光が羨ましくて堪らないけど。
仕方ないから向こうに行ったら祝福してあげる。
人間は、夫婦の契りは真っ白い西洋の衣装でやるんでしょ?
僕にも主の衣装、選ばせてよね。
それで、指輪を交換したらいいよ。
今度こそ、平和な日々が永遠に続きますように。
Fin.